頭の良さは母親の遺伝?知能に関わる遺伝子
更新日:2016年12月09日
音楽や運動の才能ほどではありませんが、知能は遺伝子の影響を受けていて、学業成績では約6割程度が遺伝要因によるものと考えられています。ただし、数学など特定の教科の成績が良くなる遺伝子が見つかっているというわけではありません。また、「天才になる遺伝子」というようなものも、これまでのところはっきりとは見つかっていないようです。また、男の子の知能指数は母親から遺伝するというような話がありますが、本当のところはどうなのでしょうか。
nature.com
Scientific Reports 5, Article number: 11713 (2015)
Pleiotropy across academic subjects at the end of compulsory education
nature.com
Molecular Psychiatry (advance online publication 2015)
A genome-wide analysis of putative functional and exonic variation associated with extremely high intelligence

このページの目次
遺伝子検査に関する知識まとめ
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遺伝子検査に関する知識まとめ
遺伝子検査って何を調べるの? 病院での検査との違いは? どうして会社によって検査結果が異なるの? など、遺伝子検査に関する様々な疑問や検査キットの選び方など、遺伝子検査に関する知識をわかりやすくまとめました。…
生まれか育ちか、双生児の研究で分かってきたこと
能力や才能については、昔から「生まれか育ちか」と議論されてきましたが、最近の双生児研究などから、これは二者択一のものではなく、遺伝要因に、環境要因、時間要因が複雑に影響していることが分かってきています。端的にいうと、遺伝的な素質を開花させるのは、環境次第といったところです。
なお、遺伝要因と環境要因が能力に与える見積もりは、おおまかには以下の図のようなものと考えられています。
音楽や運動の才能は遺伝要因が大きいですが、言語性知能(語彙の知識や言葉を使った推論能力)や学業の成績については、環境要因も大きいようです。素質があろうとなかろうと、子供にきちんとした学習環境を用意してあげることは大事だということですね。
遺伝と環境の寄与の度合い
(Newton「遺伝とゲノム」(ニュートンプレス 2013年)より抜粋)
男の子の知能指数は母親譲り?
知能指数について、男の子の場合は母親から遺伝するというような話を聞くことがあります。これは知能に関わる遺伝子の多くがX染色体の上に存在し、男の子の場合、X染色体は母親から受け継ぐ(下図参照)ことからきているようですが、実際のところどうでしょうか。
米国で実施された調査では、男の子と父親、母親との知能指数の相関性の差は10%に満たなかったそうです。知能は、X染色体の遺伝子以外にも他の染色体にある遺伝子、後天的な環境要因など、いろいろな要素が関わるもので、今のところ、母親の知能指数が決定的な要因であることは示されていないようです。
人民日報
男の子の知能指数、母親からの遺伝で決まり? (2015)
nature.com
Nature Reviews Genetics (2005) 6, 46-57
X-linked mental retardation
X染色体とY染色体上の遺伝子の遺伝の仕方
性染色体は、XXだと女の子、XYだと男の子になるので、男の子のX染色体は必ず母親由来のものになる。
知能との関わりが研究されている遺伝子の例
「天才を生み出す遺伝子」というものはこれまでのところはっきりとは見つかっていません。しかし、知的障害や発達障害、言語障害に関わる遺伝子については複数見つかっており、そこからヒトの知性や言語能力の謎を探ろうという研究が進められています。ここではその遺伝子を一部を紹介したいと思います。
知能との関連性が研究されている遺伝子の染色体上の位置
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FOXP2遺伝子
言語能力との関連性が研究されている遺伝子。ヒトの言語障害や自閉症との関連性が報告されており、「言語遺伝子」とも呼ばれています。また、ヒトとチンパンジーではこのFOXP2遺伝子のうち2つのアミノ酸に違いがあり、そこからDNAを転写するタンパク質の機能が異なっていることが分かっています。この違いがヒトとチンパンジーの言語能力の差を生んだと主張する研究者もいるほどで、今後の研究が期待されています。
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CHRM2遺伝子
学習能力との関連性が研究されている遺伝子。
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DRD2遺伝子
物忘れ、注意力との関連性が研究されている遺伝子。
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COMT遺伝子
判断力との関連性が研究されている遺伝子。
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NMDA受容体遺伝子
記憶力との関係性が研究されている遺伝子。記憶には、興奮性神経伝達物質の受容体の一つである「NMDA受容体」というタンパク質が関与していて、「NR1」と「NR2」という部分が2つずつあわさってできているタンパク質です。なお、「NR2」は機能の良い「NR2B」から機能の悪い「NR2A」に変化していくことが分かっています。過去マウスを使った実験では、「NR1」を欠損させたマウスでは迷路学習ができなくなり、逆に「NR2B」を過剰に作るマウスでは迷路学習能力がアップしました。このことから、NMDA受容体タンパク質と記憶との関連性が注目され、今日でも研究が続けられています。しかしこれまでのところ、ヒトの記憶力を左右するほどのNMDA受容体遺伝子の変異体は発見されていないそうです。
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PAK3遺伝子、OPHN1遺伝子
神経細胞(ニューロン)の突起部分の形成に関与しているとされる遺伝子。これらの遺伝子に異常が生じると知的障害の原因になるとされています。
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GDI1遺伝子
ニューロンの神経伝達物質の放出に関わるGDI1タンパク質を作るための遺伝子。神経伝達物質を正常に放出するためには、神経伝達物質がつまったシナプス小胞をニューロンの膜へと運ぶ、Rab3Aタンパク質とGTP(グアノシン三リン酸)の複合体の量が適切に保たれている必要があるのですが、そのGTPの機能を調整しているタンパク質が、GDI1タンパク質です。このGDI1タンパク質の設計図であるGDI1遺伝子に異常が生じると知的障害の原因になるとされています。
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NLGN3遺伝子、NLGN4遺伝子
ニューロンどうしをつなぎ合わせるタンパク質を作るための遺伝子。この遺伝子に異常が生じると遺伝性自閉症の原因になるとされています。
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FMR1遺伝子
mRNAを運ぶタンパク質を作るための遺伝子。FMR1遺伝子がつくるFMRPタンパク質は、核からmRNAを運ぶ役割を持っています。mRNAはシナプスの働きに必要な様々なタンパク質の合成に必要で、FMR1遺伝子に異常が生じると知的障害を伴う「脆弱X症候群」の原因になるとされています。
遺伝子、遺伝子検査についてもっと知りたい方へ
このページを作成するにあたり、参考にしている書籍等を紹介します。
- 学んでみると遺伝学はおもしろい(針原 伸二(著) ベレ出版:2014年3月)
- 遺伝とゲノムどこまでわかるのか(ニュートン別冊 ニュートンプレス:2013年7月)
- 遺伝子医療革命(フランシス・S・コリンズ(著) NHK出版:2011年1月)
- IQは金で買えるのか(行方史郎(著) 朝日新聞出版:2015年7月)
その他の遺伝子、遺伝子検査に関する参考資料はこちら。
参考資料一覧
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