瞬発系か持久系かを決める遺伝子、「ACTN3遺伝子」
公開日:2016年10月13日
スポーツには、マラソンなどの筋肉を動かし続ける「持久力」が重要な競技と、短距離走などの瞬間的に筋肉を強く動かす「瞬発力」が重要な競技があります。このどちらの競技に向いているかを決めているのが、「ACTN3遺伝子」です。
このページでは、「ACTN3遺伝子」のタイプと競技の相性、陸上強豪国と日本人のACTN3遺伝子の違いについて、解説します。
瞬発系に多いR型、持久系に多いX型
ACTN3遺伝子は、速筋繊維(速い速度で収縮し、大きな力を瞬間的に発揮する筋肉)に存在するαアクチン3タンパク質をつくるための遺伝子で、αアクチン3タンパク質は、速筋繊維の強靭化や疲労耐性との関わりを研究されているタンパク質です。ACTN3遺伝子に変異が無ければ完全なαアクチン3タンパク質がつくられますが(R型(またはC型))、変異が生じた一塩基多型(SNP)ではαアクチン3タンパク質が作られません(X型(またはT型))。これらの組み合わせで、遺伝型はRR型(CC型)、RX型(CT型)、XX型(TT型)の3つになるのですが、瞬発系のアスリートにはRR型、RX型が多く、持久系のアスリートにはXX型が多いと報告されています。
ACTN3遺伝子が瞬発系と持久系を分ける理由
αアクチン3タンパク質は、速筋線維の構造を強め、素早い収縮に耐える強さを生み出すため、正常なαアクチン3タンパク質を作り出すACTN3遺伝子のR型は、スピードやパワーが要求される瞬発系競技には有利です。短距離走のトップアスリートを数多く輩出しているジャマイカ(ウサイン・ボルト、アサファ・パウエル など)やアメリカ(黒人)(タイソン・ゲイ、ジャスティン・ガトリン など)でのACTN3遺伝子のRR型、RX型、XX型割合は、それぞれ、75%、23%、2%と、66%、30%、4% だそうです※。
※ 新しい視点からのトレーニング科学(宮下充正(東京大学名誉教授、首都医校校長)) より
ではなぜ、ACTN3遺伝子のX型は、持久系競技に有利と考えられているのでしょうか。
もともと速筋線維は、主に筋肉内にたくわえられたブドウ糖を使うことで、酸素を利用しなくてもエネルギーを作り、瞬間的に力を発揮しますが、その反面、疲れやすく持久力に欠ける傾向にあります。一方、ACTN3遺伝子がXX型の人の速筋線維は、ミトコンドリア※が酸素を利用してより効率的にエネルギーを獲得できるような代謝方法に変化しているため、持久力が増える傾向にあると考えられています。そのため、XX型の人は持久系競技に向いていると考えられています。
※ ミトコンドリア:酸素を取り込み、生命活動や運動に必要なエネルギーを生み出す細胞内の小器官。
Nature Genetics 39, 1261 - 1265 (2007)
Loss of ACTN3 gene function alters mouse muscle metabolism and shows evidence of positive selection in humans
世界各国、地域のACTN3遺伝子
各国、地域の一般人のACTN3遺伝子は次の表のとおりです。
国・地域 | RR型 | RX型 | XX型 |
---|---|---|---|
エチオピア | 44% | 44% | 12% |
ケニア | 84% | 15% | 1% |
ナイジェリア | 83% | 17% | 0% |
南アフリカ (バンツー族) | 78% | 21% | 1% |
スペイン | 28% | 54% | 18% |
オーストラリア (白人) | 30% | 52% | 18% |
オーストラリア (アボリジニ) | 52% | 38% | 10% |
インドネシア (ジャワ島) | 17% | 58% | 25% |
パプアニューギニア (ハイランド地方) | 44% | 41% | 15% |
ジャマイカ | 75% | 23% | 2% |
米国(黒人) | 66% | 30% | 4% |
日本 | 20% | 54% | 26% |
各国一般人のACTN3遺伝子割合
エチオピア 〜 パプアニューギニア:「Med Sci Sports Exerc. 2007 Nov;39(11):1985-8.」より
ジャマイカ、米国(黒人):「新しい視点からのトレーニング科学」より
日本:「Int J Sports Med. 2014 Feb;35(2):172-7」より
ケニアやエチオピアの長距離選手には、持久系のXX型が少ない
「各国一般人のACTN3遺伝子割合」の表をみて、ケニア、エチオピアの割合を意外と思われる方が多いと思います。
ケニア、エチオピアといえば、マラソンや1万メートル走など、陸上長距離走の強豪国です。ACTN3遺伝子のXX型が持久系種目に有利と聞けば、当然これらの国の長距離選手にもXX型が多いのだろうと思ってしまいますが、実は違っていて、ケニアの長距離選手の場合、1%程度、エチオピアでは10%程度でそれほど高くありません。
Med Sci Sports Exerc. 2007 Nov;39(11):1985-8.
The ACTN3 R577X polymorphism in East and West African athletes.
つまり、たった1つの遺伝子だけで適性が決まるわけではないということで、そのほかの遺伝子の影響や、生活習慣やトレーニング方法といった環境要因もあわさって、偉大な才能が開花するということのようです(とはいえ、東アフリカの選手のレース中の揺さぶりやラストスパートに日本人選手がついてゆけず、脱落していく様を見ていると、こういうところで長距離走においてもRR型、RX型遺伝子が有利に働いているのではないかと思ってしまいますが)。
日本人は4人に1人がXX型
日本人のACTN3遺伝子はどうなのでしょうか。
日本人の一般男女649人のACTN3遺伝子を調べた2014年の論文では、
RR型:20.3% RX型:53.4% XX型:26.3%
だったそうです。
陸上の国際大会で、比較的、短距離走よりも長距離走のほうが日本人が上位に食い込んでいるのは、このACTN3遺伝子のXX型が要因の1つかもしれません。ちなみに、この研究では、RR型、RX型の比率は、瞬発系競技の選手と一般人との比較で、瞬発系競技の選手のほうが高かったのに対して、XX型の比率は、持久系競技の選手と一般人との間には有意な差はなかったそうです
Int J Sports Med. 2014 Feb;35(2):172-7
ACTN3 R577X genotype is associated with sprinting in elite Japanese athletes.
では、日本人は、生まれながらにして、短距離走では世界に通用しないのでしょうか。実はXX型の短距離選手に合わせたトレーニング方法も実践されつつあるようです。
トレーニングも遺伝子に合わせたオーダーメイドの時代に
陸上の名門大学、福島大学の川本監督は、遺伝子情報で選手を選別するのではなく、個々の選手に応じて最も効果的なオーダーメイドのトレーニングメニューが組めるのではないかと考えています(「金メダル遺伝子を探せ」(善家 賢 角川書店 2010年)より)。
例えば、短距離(10m助走+60mダッシュ)のインターバルダッシュをACTN3遺伝子がRR型とXX型の選手で行い、そのタイムの変化を比べた時、RR型の選手のほうがXX型の選手よりも、タイムがすぐに落ちていき、酸値もXX型の選手は緩やかな上昇だったのに対して、RR型の選手はダッシュの1本目から急激な上昇が見られたそうです。
スポーツ科学の権威、東京大学の八田秀雄教授は、この現象を、XX型の選手はRR型の選手よりも速筋線維の内部に多くのミトコンドリアを持っているため、インターバルの休憩時間の間により多くのエネルギーを回復することができ、また、乳酸などを使って効率的にエネルギーを補うことができるためではないか、と分析、一定のスピードを維持し続けられる『スピード持久力』という点では、XX型に有利な点があるのではないか、としています。インターバルトレーニングは、どんな競技でも行われていますが、どうしても途中で遅れてくる選手は「根性」や「気持ち」の問題ではなく、遺伝子の特性によるものの可能性があるということで、全員に同じメニューを実施するより、選手に応じて、本数や休憩時間を調整したほうが、効果的なトレーニングになるということですね。
実際、川本監督のもと、こういった遺伝子情報をトレーニングに反映させながら、渡辺真弓 、千葉麻美 といった選手が成績を伸ばしていったそうです。
「ACTN3遺伝子」のタイプを調べる遺伝子検査キット
ハーセリーズ - DNA EXERCISE遺伝子分析キット【口腔粘膜専用】
運動能力
このページで紹介したACTN3遺伝子のほかに、持久力に関わるACE遺伝子、PPARGC1A遺伝子を調査。「エクササイズ体質」、「運動能力」、「タイプ別運動競技種目」、「あなたの運動評価」、「瞬発力・持久力を高めるエクササイズ」などに関する分かりやすいアドバイスつきです。
このページが役に立ったらシェアお願いします!
あわせてよく読まれる記事
-
「運動神経」とは別物?「運動能力」に関わる遺伝子
スポーツが出来る子に対して、「運動能力(身体能力)が高い」、「運動神経がいい」とよくいいますが、「運動能力」と「運動神経」は別物で、運動能力は遺伝による影響が大きいものの、運動神経は遺伝による影響は小さいとされています。…
-
肥満遺伝子と遺伝子検査ダイエット
同じものを食べても太りやすい人とそうでない人がいます。これはエネルギーの吸収効率や消費効率に関連した遺伝子が各個人で違うからです。この肥満遺伝子を調べて、ダイエットにいかそうという商品が販売されていますが、その効果、根拠はどうなのでしょうか。…
-
子供の才能は遺伝子次第?
能力や才能については、「生まれか育ちか」と議論されますが、最近の双生児研究などから、遺伝要因に、環境要因、時間要因が複雑に影響していることが分かってきました。また、各能力に深く関わる遺伝子も見つかってきています。…