「運動神経」とは別物?「運動能力」に関わる遺伝子
更新日:2016年10月14日
スポーツが出来る子に対して、「運動能力(身体能力)が高い」、「運動神経がいい」とよくいいますが、「運動能力」と「運動神経」は別物で、運動能力は遺伝による影響が大きいものの、運動神経は遺伝による影響は小さいとされています。
なお、「運動能力」に関わる遺伝子については、最近のトップアスリートに関する調査・研究から、いろんなことが分かりはじめています。

「運動能力(身体能力)」と「運動神経」
普段、私たちはスポーツが得意な人について、「運動能力(身体能力)が高い」、「運動神経がいい」という言葉を使っています。しかし、「運動能力」と「運動神経」は別物で、「運動能力」は、骨格、筋肉、動体視力など運動するための身体的な力、一方「運動神経」は判断力や反応スピード、バランス感覚など、運動する際に思った通りに体を動かすことができる力です。いくら運動能力が高くても運動神経が伴わないと、ポテンシャルを十分発揮できませんし、逆に、体格で劣っていても、俊敏性を武器にプロの世界で活躍するスポーツ選手も大勢います。なお、運動能力は遺伝による影響が大きいですが、運動神経は遺伝による影響は小さいとされており、神経の発達がピークを迎える4歳〜12歳ごろの環境、どういった運動をしていたかが大きく影響していると言われています。
運動能力との関わりが研究されている遺伝子の例
持久力や瞬発力、体力要因などの運動能力と遺伝子との関係性は、これまで200をこえる遺伝子で研究がなされています。
ここでは、そのうち代表的なものを紹介します。
-
瞬発系か持久系かを決める遺伝子、「ACTN3遺伝子」
スポーツには、マラソンなどの筋肉を動かし続ける「持久力」が重要な競技と、短距離走などの瞬間的に筋肉を強く動かす「瞬発力」が重要な競技があります。このどちらの競技に向いているかを決めているのが、「ACTN3遺伝子」です。
ACTN3遺伝子は、速筋繊維(速い速度で収縮し、大きな力を瞬間的に発揮する筋肉)に存在するαアクチン3タンパク質をつくるための遺伝子で、αアクチン3タンパク質は、速筋繊維の強靭化や疲労耐性との関わりを研究されているタンパク質です。ACTN3遺伝子に変異が無ければ完全なαアクチン3タンパク質がつくられますが(R型(またはC型))、変異が生じた一塩基多型(SNP)ではαアクチン3タンパク質が作られません(X型(またはT型))。これらの組み合わせで、遺伝型はRR型(CC型)、RX型(CT型)、XX型(TT型)の3つになるのですが、瞬発系のアスリートにはRR型、RX型が多く、持久系のアスリートにはXX型が多いと報告されています。
ただし、RR型やRX型の遺伝子を持っていれば、短距離走のトップ選手になれるかというと、必ずしもそういうわけではありません。たしかに、短距離走に強いジャマイカ人は、その99%がRR型またはRX型ですが、短距離よりも長距離に強いエチオピアやケニアの人たちも、そのほとんどが同じ遺伝子を持っているそうです。おそらくACTN3遺伝子だけではなく、複数の遺伝子が相互に影響し合うことで、トップアスリートの才能が生まれるのでしょう。
-
瞬発系か持久系かを決める遺伝子、「ACTN3遺伝子」
スポーツには、マラソンなどの筋肉を動かし続ける「持久力」が重要な競技と、短距離走などの瞬間的に筋肉を強く動かす「瞬発力」が重要な競技があります。このどちらの競技に向いているかを決めているのが、「ACTN3遺伝子」です。…
-
-
トップスイマーと関係が深い「ACE遺伝子」
ACE遺伝子は、動脈の収縮に関連する酵素、アンジオテンシン変換酵素の遺伝子です。ACE遺伝子にも、動脈を収縮させる働きの強い「D型」と弱い「I型」があり、組み合わせは、DD型、DI型、II型の3つになります。II型だと持久力が高い傾向にあるとされ、イギリスのグループが行った調査によると、ある7,000m以上の高山への無酸素登頂成功者において、DD型の割合は非常に少なく、8,000m以上の山では、調査対象15名の中にDD型は一人もいなかったそうです。
Nature 393, 221-222 (21 May 1998)
Human gene for physical performanceACE遺伝子のII型は、血管を収縮させる働きが弱く、運動中でも筋肉へ供給される血液の量が減りづらいため、体内への酸素運搬が滞らずに、結果として、全身の持久力が高まっている可能性がある、と考えられています。
一方、このACE遺伝子と水泳能力との関係も調べられていて、ヨーロッパ系の短距離競泳選手には、DD型が多いそうです。しかし、アジア系の短距離競泳選手ではこの逆で、II型が多いそうで、人種によって、必要となる遺伝子型が異なる可能性が示唆されています。
-
ミトコンドリアDNA
私たちの体の中には核以外にもDNAが存在し、それが細胞の中でエネルギーを生み出しているミトコンドリアのDNAであることは、以前紹介いたしました。スポーツは大量のエネルギーを必要としますので、このミトコンドリア内のエネルギー生産効率が、何らかの形で運動能力に結びついていること、想像に難くないでしょう。
スコットランドのヤニス・ピツラディス博士らの研究によれば、長距離走の強豪国ケニアのトップアスリートのミトコンドリアDNAを調べた結果、「L0」と呼ばれる型のミトコンドリアDNAを持つ割合が高いそうです。
ちなみに、日本人のミトコンドリアDNAの場合、おおまかに12種類の型に分類されますが、元オリンピック選手を対象とした研究では、日本人トップアスリートにおいて、持久系では「G1」が、瞬発系では「F」と呼ばれるDNA型が、それぞれ有意に割合が高かったそうです。
世界と日本のエリートスポーツ選手におけるゲノムワイド関連解析
ミトコンドリアDNAのハプログループについて、詳しく知りたい方は、
-
ミトコンドリアDNAのハプログループでたどる日本人のルーツ
ミトコンドリアは、核とは別に独自のDNAを持っています。このページでは、人類がアフリカを旅立ち、日本に到着するまでの道のりを、ミトコンドリアDNAから追いかけていきます。…
-
-
筋肉内のミトコンドリアの生合成に関わる「PPARGC1A遺伝子(PGC1A遺伝子)」
PPARGC1A遺伝子(PGC1A遺伝子)は、筋肉の中でミトコンドリアの生合成やその機能の調整に関わっているPGC-1αタンパク質の遺伝子です。運動によりミトコンドリアの増殖量及びエネルギー生産量の保持が高い「G型」と低い「S型」があり、組み合わせは、GG型、GS型、SS型の3つになります。当然、GG型が最も持久力を要する競技に向いている事になります。
-
エリスロポイエチン受容体(EPOR)遺伝子とオリンピックでの栄光
1993年、世界的に有名な学術誌、Natureの中の遺伝学専門誌Nature Genetics に、
「エリスロポエチン受容体の変異とオリンピックでの栄光(Erythropoietin receptor mutations and Olympic glory)」
Nature Genetics 4, 108-110(1993)
Erythropoietin receptor mutations and Olympic gloryというタイトルの論文があります。
この論文の主人公は、フィンランド人のイーロ・マンチランタさん。1960年のスコーバレー大会から1972年の札幌大会まで4度のオリンピックに出場し、3つの金メダルを獲得した、ノルディックスキーの伝説的選手です。
エリスロポイエチン受容体(EPOR)は、血液中の赤血球の生成量を調節する役割に関わるタンパク質なのですが、このエリスロポイエチン受容体をつくるエリスロポイエチン受容体(EPOR)遺伝子に変異(6,002番目のグアニン(G)はアデニン(A)に変異)が生じると、体内に十分な量の赤血球が存在してもさらに造血作用が進行する「赤血球増多症」という病気を引き起こします。
イーロ・マンチランタさんも遺伝的に良性(自覚症状がなく、寿命の正常の範囲)の赤血球増多症であり、血液中のヘモグロビン(赤血球の中に存在するタンパク質で、肺から全身へと酸素を運搬する役割を担っている)の量が通常の人より30〜40%高かったそうです。
ヘモグロビン濃度が高いということは、それだけ酸素の運搬能力に優れているということで、持久力が要求される競技には有利です。もちろん、才能だけで世界の頂点に立てるほど甘いものではなく、当然厳しいトレーニングやプレッシャーに耐えた結果ではありますが、スタートからゴールまでスピードが落ちない、疲れ知らずの走りは、このEPOR遺伝子の影響も大きかったでしょう。
ちなみに、EPOR遺伝子の変異は非常にまれな現象なので、有望なスポーツタレントを発掘する手段としては、現実的ではないそうです。
国立スポーツ科学センター
スポーツ医科学最前線 - 運動能力と遺伝 -つくばリポジトリ(筑波大学学術機関リポジトリ)
運動能力の素質に関連する遺伝子 - チャンピオンの遺伝子 -
-
運動能力に関わる遺伝子一覧
これまでの研究で、運動能力に関わるとされている遺伝子は100種類以上あります。ここで、その一部を紹介します。
(「金メダル遺伝子を探せ」(善家 賢 角川書店 2010)より)瞬発系
遺伝子 能力 タイプ
優 ← 中 → 劣ACTN3遺伝子 筋力
(スプリント能力)RR型(CC型)
RX型(CT型)XX型
(TT型)IL15遺伝子 筋力
(1回最大挙上重量)TT型
TA型AA型 CNTF遺伝子 筋力
(ピークトルク)GG型
GA型AA型 FST遺伝子 筋量
(除脂肪体重)ハプログループ
1ハプログループ
2、3、4IGF2遺伝子 筋量
(除脂肪体重)GG型
GA型AA型 IL15RA遺伝子※ 筋量 AA型 CA型
CC型IL15RA遺伝子※ 筋量 AA型 AC型 CC型 TNF遺伝子 筋量
(腕)TT型 CT型
CC型NR3C1遺伝子 ジャンプ力 TT型
TC型CC型 CNTFR遺伝子 筋量
(除脂肪体重)TT型
TC型CC型 PPARA遺伝子 筋力 CC型 CG型
GG型ACE遺伝子 瞬発的運動能力 DD型 ID型 II型 ※ IL15RA遺伝子は、2か所のSNPが対象。
持久系
遺伝子 能力 タイプ
優 ← 中 → 劣ACE遺伝子 持久力 II型 ID型 DD型 HIF1A遺伝子 酸素摂取量 AA型 TA型
TT型UCP3遺伝子 持久力 TT型
TC型CC型 ADRB2遺伝子 持久力 AA型 AG型
GG型ADRA2A遺伝子 持久力 GG型 AG型
AA型AMPD1遺伝子 持久力 TT型
TC型CC型 BDKRB2遺伝子 持久力 -9/-9型 +9/-9型
+9/+9型CKM遺伝子 持久力 TT型
CT型CC型 HFE遺伝子 持久力 GG型
CG型CC型 PPARD遺伝子※ 最大酸素摂取量 AA型 AG型
GG型PPARD遺伝子※ 酸素摂取量 TT型 TC型 CC型 PPARGC1A遺伝子 持久力 GG型 GS型 SS型 UCP2遺伝子 エネルギー効率 TT型 TC型
CC型PPARA遺伝子 持久力 GG型
CG型CC型 ※ PPARD遺伝子は、2か所のSNPが対象。
「運動能力」を調べる遺伝子検査キットの紹介
ハーセリーズ - DNA EXERCISE遺伝子分析キット【口腔粘膜専用】
運動能力
このページでも紹介した3つの遺伝子(ACTN3遺伝子、ACE遺伝子、PPARGC1A遺伝子)を調査。「エクササイズ体質」、「運動能力」、「タイプ別運動競技種目」、「あなたの運動評価」、「瞬発力・持久力を高めるエクササイズ」などに関する分かりやすいアドバイスつきです。
このページが役に立ったらシェアお願いします!
あわせてよく読まれる記事
-
瞬発系か持久系かを決める遺伝子、「ACTN3遺伝子」
スポーツには、マラソンなどの筋肉を動かし続ける「持久力」が重要な競技と、短距離走などの瞬間的に筋肉を強く動かす「瞬発力」が重要な競技があります。このどちらの競技に向いているかを決めているのが、「ACTN3遺伝子」です。…
-
頭の良さは母親の遺伝?知能に関わる遺伝子
知能に与える遺伝子の影響は小さくありませんが、「天才遺伝子」なるものはこれまでのところはっきりとは見つかっていません。一方、知的障害等に関わる遺伝子については複数見つかっており、そこからヒトの知性や言語能力の謎を探ろうという研究が、進められています。…
-
子供の才能は遺伝子次第?
能力や才能については、「生まれか育ちか」と議論されますが、最近の双生児研究などから、遺伝要因に、環境要因、時間要因が複雑に影響していることが分かってきました。また、各能力に深く関わる遺伝子も見つかってきています。…