母性遺伝するミトコンドリア病
公開日:2016年01月04日
ミトコンドリア病は、細胞内のミトコンドリアの中のDNAの異常が原因で発症する病気です。特に注目されているのがミトコンドリアDNA中の3243番目のAがGに置き換わった「A3243G変異」で、この変異は、糖尿病や脳筋症のリスクを高めます。
ミトコンドリアのイメージ図
ミトコンドリアDNAとは
ミトコンドリアDNAとは、生命活動に必要なエネルギーを生み出している細胞内の小器官、ミトコンドリアの中に存在する環状のDNAです。このDNAは核内のDNAとは別のミトコンドリア独自のDNAですが、これは、ミトコンドリアがかつては独立した別の生物だったためと考えられています。
このミトコンドリアDNAには、タンパク質合成の際に重要となるリボソームRNA、トランスファーRNAの遺伝子やエネルギー生産に関わるタンパク質の遺伝子の幾つかがあります。ちなみに、父親由来のミトコンドリアは受精後消失してしまうため、ミトコンドリアDNAは、母親からしか子に受け継がれません(母性遺伝)。
ミトコンドリアDNAの変異
ミトコンドリアDNAの特徴として、突然変異が起きやすいというものがあります。これは、核内のDNAには損傷があった時などにそれを修復するための機能が備わっているのに対して、ミトコンドリアDNAではそれがほとんど働かないためです。この変異の大部分は生存にほとんど影響を及ぼさないものの、中には重篤な病気を引き起こす変異もあります。このようなミトコンドリアDNAの変異によって引き起こされる病気をミトコンドリア病と呼びます。しかし1つの細胞の中には数百から数千個のミトコンドリアがあるので、多少の変異であれば問題ありませんが、年をとるごとに徐々に増えていく傾向にあります。
A3243G変異
ミトコンドリアDNAの変異の中で、特に注目されているのが、3243番目のアデニン(A)がグアニン(G)に置き換わった「A3243G変異」です。この変異はタンパク質合成の際、ロイシンというアミノ酸を運ぶトランスファーRNAの遺伝子の一部です。この変異の影響でタンパク質合成に支障をきたし、ミトコンドリアの主機能であるエネルギー供給能力が低下、様々な病気が引き起こされます。このような正常なミトコンドリアDNAと変異が生じたミトコンドリアDNAの両方が存在している状態を「ヘテロプラスミー」と呼び、ヘテロプラスミーの割合の大小で現れる病気の症状が異なってきます。なお、こうした変異は母性遺伝として母親から子に伝わるとされていますが、母親には異常がなくても、子供でヘテロプラスミーの割合が急増する例もあるそうです。
ミトコンドリアDNAのイメージ図
ミトコンドリアDNAは全長16,569塩基の環状DNA
代表的なミトコンドリア病
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ミトコンドリア糖尿病
A3243Gの比率が低い状態では、糖尿病の原因の一つになることが知られていて、「ミトコンドリア糖尿病」と呼ばれています。糖尿病患者のうち約1%程度がこれに該当すると言われていますが、症状からはほとんど一般の糖尿病と区別がつきません。
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MERLAS(ミトコンドリア脳筋症・乳酸アシドーシス・脳卒中様発作症候群)
A3243Gの比率が高い場合、MERLASと呼ばれる重い脳筋症になります(MERLASのうち約80%がA3243Gに起因していると言われています)。MERLASは、5~15歳で発症し、知能低下や感音性難聴、心筋症、筋脳卒中様症状(頭痛、嘔吐、痙攣、意識障害、片麻痺など)、けいれんなど、脳や心臓などに障害が生じます。
MERLASは母性遺伝する難病ですが、2015年2月、子供への遺伝を防ぐために、ミトコンドリアDNAに異常のある女性の受精卵から核を取り出し、正常なミトコンドリアDNAを持つ女性の卵子に移植することをイギリス議会が承認しています。
TechinsightJapan(2015)
母系遺伝性の難病撲滅に王手。ミトコンドリアDNAの遺伝子操作を英・上院も承認!BBC(2015)
Why make babies from three people? -
CPEO(慢性進行性外眼筋麻痺)
CPEO(慢性進行性外眼筋麻痺)は、約7割がミトコンドリアDNAの欠失に起因する病気で、外眼筋の麻痺、網膜色素変性、心伝導障害などを引き起こします。発症年齢は幅広く、母性遺伝することは極めてまれだそうです。
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MERRF(赤色ぼろ線維・ミオクローヌスてんかん症候群)
MERRFは約9割が8344番目の塩基がアデニンからグアニンへ変異したことが原因で発症する病気で、ミオクローヌス(筋肉や筋肉群に起きる素早い収縮)や小脳失調、痙攣を引き起こします。MERLAS、CPEOとあわせてミトコンドリアの3大病型と呼ばれています。
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Leigh脳症
Leigh脳症は、筋緊張低下、知的障害などを引き起こす病気です。大半は常染色体劣性遺伝によるものですが、約2割がミトコンドリアDNAの母性遺伝によるものと言われています。
遺伝子、遺伝子検査についてもっと知りたい方へ
このページを作成するにあたり、参考にしている書籍等を紹介します。
- 学んでみると遺伝学はおもしろい(針原伸二(著) ベレ出版:2014年3月)
- そうなんだ! 遺伝子検査と病気の疑問(櫻井晃洋(著) ディカルトリビューン:2013年7月)
- 遺伝とゲノムどこまでわかるのか(ニュートン別冊 ニュートンプレス:2013年7月)
その他の遺伝子、遺伝子検査に関する参考資料はこちら。
参考資料一覧
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