これまでに見つかっている癌(がん)を引き起こす遺伝子
更新日:2016年09月23日
癌(がん)は遺伝子の病気で、正常な遺伝子が傷ついたりして、制御が効かずに細胞分裂の暴走を始めた状態です。このがんを引き起こす遺伝子は、大きく分けて、がん遺伝子、がん抑制遺伝子、DNAミスマッチ修復遺伝子の3つがあります。その3つはそれぞれどのようなメカニズムでがんになるのか、また、どの遺伝子が問題になるのか、をこのページでは紹介します。
ちなみに、遺伝するイメージが強いがんですが、遺伝性(家族性)のがんは、がん全体の数%とごく一部ですで、ほとんどのがんは複数の遺伝要因と環境要因が絡む多因子性疾患です。
がんを引き起こす遺伝子
がんを引き起こす遺伝子は、大きく分けて、がん遺伝子、がん抑制遺伝子、DNAミスマッチ修復遺伝子の3つがあります。これらの遺伝子の先天的あるいは後天的な変異が、がんへの第1段階となります。ただし、変異が生じるとすぐにがんになるというわけではなく、悪性腫瘍に至るまでは、何段階かの変異が累積していく必要があります。
また、細胞分裂などのDNA複製の際には、常に一定の割合で遺伝子変異が生じているのですが、その多くががんには至りません。これは、がん抑制遺伝子、DNAミスマッチ修復遺伝子などが遺伝子変異の広がりを抑えているからです。一方、がん家系の人の場合、すべての細胞ががんに関わる遺伝子のいづれかに変異を持った状態(下図(遺伝子の変異から悪性腫瘍の発生まで)の(2)の状態)である可能性があるため、がん発症リスクが高いのです。
がんを引き起こす遺伝子の染色体上の大まかな位置
がん遺伝子(オンコジーン)
がん遺伝子は、正常な状態であれば細胞増殖を促進するタンパク質の遺伝子で、生物の成長に欠かせないものです。通常、がん遺伝子は必要なときにしか増殖信号を発しませんが、がん遺伝子に異常が生じると、増殖信号の抑制がきかなくなり、細胞ががん化してしまいます。
がん遺伝子の変異から悪性腫瘍の発生まで
- がん遺伝子は、正常な状態であれば必要なときだけ、細胞を増殖させます。
- しかし、がん遺伝子が変異し、暴走を始めると、必要でないときにも増殖を始め、
- いくつかの段階を経たのち、
- 悪性の腫瘍になります。
-
RAS遺伝子
RAS遺伝子は、転写や細胞増殖、細胞死の抑制などに関わっているRASタンパク質の遺伝子で、最初に発見されたがん遺伝子です。RAS遺伝子のSNPは、大腸がんや膀胱がんで高い確率で見られる変異です。RASタンパク質には、KRAS、NRAS、HRASの3種類のアイソフォーム(構造は異なるが同じ機能をもつタンパク質)がありますが、それぞれの遺伝子は、12番染色体、1番染色体、11番染色体に存在します。また、大腸がんでの変異頻度は、KARS遺伝子が34.6%、NRAS遺伝子が3.7%、HRAS遺伝子が0.2%で、2010年から大腸がんにおけるKARS遺伝子の検査が、2015年からNRAS遺伝子の検査がそれぞれ保険適用されています。また、KRAS遺伝子に変異があるとセツキシマブ(商品名:アービタックス)という大腸がんに対する抗がん剤の効果が期待できないと言われています。
日本染色体遺伝子検査学会
KRAS からRAS(KRAS/NRAS)へ -
EGFR遺伝子
EGFR遺伝子は、細胞の増殖や成長を制御する上皮成長因子 (EGF) を認識し、シグナル伝達を行う上皮成長因子受容体(EGFR)の遺伝子です。腎がんや肺がん、前立腺がんなど、多くのがんで過剰発現がみられます。またゲフィチニブ(商品名:イレッサ)という抗がん剤は、EGFRに作用して、肺がんなどに劇的な効果を示しますが、がん細胞にEGFR遺伝子の変異がないと効果があまり期待できないため、ゲフィチニブ投与前にがん細胞の遺伝子を調べる検査が保険適用となっています。
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RET遺伝子
RET遺伝子は、正常なRET遺伝子に別の遺伝子が融合することでがん遺伝子となるものと、SNPの2パターンがあります。RET遺伝子のがん遺伝子化は、甲状腺がんや遺伝性の多発性内分泌腺腫症2型(甲状腺がんと副腎の腫瘍を発生する遺伝性がん)の要因となります。
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ALK遺伝子
ALK遺伝子も、2番染色体の一部が逆転することで別の遺伝子と融合してしまうことがあります。このALK融合遺伝子が作るALK融合タンパク質は細胞を増殖させるシグナルを無秩序に出し続けます。非小細胞肺がん患者の3~5%程度に、このALK融合遺伝子が見られると言われています。
がん抑制遺伝子
がん抑制遺伝子とは、がんの発生を抑制するタンパク質の遺伝子です。2つの対立遺伝子のうち、片方だけに変異が生じてももう片方が機能するので細胞はがん化しませんが、2つとも変異が生じると、細胞のがん化が抑えられなくなります。なお、遺伝性のがんのほとんどがこのがん抑制遺伝子の変異だと言われています。
がん抑制遺伝子の変異から悪性腫瘍の発生まで
- がん抑制遺伝子は、DNAが損傷したときなどに、修復が完了するまで細胞の増殖を止めたり、細胞が自殺するようにしたりなどして、損傷したDNAを持つ細胞が増えないように、ブレーキをかけています。
- しかし、がん抑制遺伝子が変異し、ブレーキがきかなくなると、損傷したDNAを持つ細胞の増殖を止められなくなり、
- いくつかの段階を経たのち、
- 悪性の腫瘍になります。
-
RB(Rb-1)遺伝子
RB遺伝子から作られるRBタンパク質は、細胞分裂を促す遺伝子を働かせるE2Fタンパク質を抑制しています。RB遺伝子に異常が生じるとE2Fが抑えられず、細胞分裂が暴走してしまいます。
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p53遺伝子
p53遺伝子は、通常DNAに損傷が起こった時に、その損傷が修復されるまで細胞の増殖を止め、もしうまく増殖を止められない場合は細胞が自殺するようにして、損傷したDNAが増殖しないようにしている遺伝子です。
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APC遺伝子
APC遺伝子から作られるAPCタンパク質は、細胞のがん化や形態形成に重要な役割を果たすWntシグナルに関するβカテニンに結合して、その分解を誘導するタンパク質です。APC遺伝子の変異は、遺伝性の家族性大腸腺腫症や大腸がんの発症に関わるとされています。
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p16(CDKN2A)遺伝子
p16(CDKN2A)遺伝子は、サイクリン依存性キナーゼ阻害2Aと呼ばれるがん抑制タンパク質を作る遺伝子です。p16の変異は家族性悪性黒色腫やメラノーマなど様々ながんの発生リスクを高めているとされています。
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BRCA1遺伝子、BRCA2遺伝子
BRCA1とBRCA2遺伝子から作られるタンパク質は、正常な遺伝子の状態では、どちらも損傷したDNAを修復するときに働きます。しかし、これらの遺伝子は、最も有名な乳がん、卵巣がん関連の遺伝子で、どちらかに異常があると一生のうちに乳がんに罹る確率が41~90%(「NCCN Guidelines Version 2.2015 」より。日本人に特化したデータはなく、米国のデータ)になると言われています。また、乳がんは女性のがんというイメージがありますが、BRCA2に変異があると男性でも男性乳がんになるリスクが高まりますので、注意が必要です。
DNAミスマッチ修復遺伝子
DNAミスマッチ修復遺伝子は、DNAの複製の際、エラーを見つけれてはそれを正す働きをするタンパク質を作り出す遺伝子です。大抵の複製ミスは生物の生存に大した影響は与えませんが、「がん遺伝子」や「がん抑制遺伝子」の複製にエラーが生じ、それが修復されなければ、がんになるリスクが高まります。
DNAミスマッチ修復遺伝子の変異から悪性腫瘍の発生まで
- DNAミスマッチ修復遺伝子は、DNA複製のミスを修復するタンパク質を作り出し、ゲノムに紛れ込んだエラーを正します。
- たいていのエラーは、生物の生存に大きな影響は与えませんが、がん遺伝子やがん抑制遺伝子に変異が生じたとき、このDNAミスマッチ修復遺伝子が働かないと、
- 悪性腫瘍になるリスクが高まります。
-
MLH1遺伝子、MSH2遺伝子、MLH3遺伝子、PMS2遺伝子
家族性非腺性大腸がんは、発見者の名前にちなんで「リンチ症候群」とも呼ばれる遺伝性のがんで、変異遺伝子を持つ人は一生のうちに大腸がんになるリスクが60%、子宮がんになるリスクが30%と言われています。このがんに関連しているのが、MLH1遺伝子、MSH2遺伝子、MLH3遺伝子、PMS2遺伝子の変異ですが、なぜ大腸がんと子宮がんにだけ影響が現れるのかはまだ分かっていません。
遺伝性のがんとその原因遺伝子一覧表
これまで紹介した遺伝子を含め、遺伝性のがんとその原因遺伝子を一覧表にまとめました。
疾患名 | 原因遺伝子 | 種類 |
---|---|---|
多発性内分泌腺腫症2型 | RET | がん遺伝子 |
家族性大腸腺腫症 | APC | がん抑制遺伝子 |
家族性乳がん・卵巣がん | BRCA1 | がん抑制遺伝子 |
家族性乳がん | BRCA2 | がん抑制遺伝子 |
網膜芽細胞腫 | RB | がん抑制遺伝子 |
ウイルメス腫瘍 | WT1 | がん抑制遺伝子 |
リィーフラウメニ症候群 | p53 | がん抑制遺伝子 |
神経線維腫1型 | NF1 | がん抑制遺伝子 |
神経線維腫2型 | NF2 | がん抑制遺伝子 |
フォン・ヒッペルリンドー病 | VHL | がん抑制遺伝子 |
家族性悪性黒色腫 | p16 | がん抑制遺伝子 |
家族性皮膚基底細胞がん症候群 | PTC | がん抑制遺伝子 |
多発性外骨種 | EXT1 EXT2 | がん抑制遺伝子 |
家族性非腺腫性大腸がん | MSH2 MLH1 PMS2 PMS1 GTBP | DNAミスマッチ 修復遺伝子 |
多発性内分泌腺腫性症1型 | MEN1 | その他 |
遺伝性のがんとその原因遺伝子
遺伝子を変異させる環境要因
これまでがんを引き起こす遺伝子を紹介してきましたが、実はこれらの遺伝子に起因する遺伝性(家族性)のがんは、がん全体の数%とごく一部です。多くのがんは、複数の遺伝要因と環境要因が絡む多因子性疾患なのです。
ここで、DNA複製の際のコピーミス以外に、遺伝子の変異を引き起こす外部の環境要因についても、簡単に紹介しておきたいと思います。
-
がんウイルス
がんウイルスは、正常な細胞をがん細胞にしてしまう遺伝子をもっていて、感染した細胞のDNAにそのがん遺伝子を組み込み、細胞をがん化させてしまいます。
(例)EBウイルス、ヒトT細胞白血球ウイルス、ヒトパピローマウイルス など -
発がん物質
発がん物質の多くはDNAに結合して、遺伝子に変異をおこします。
(例)
ベンツピレン: タバコの煙に含まれる化学物質。肺がんを引き起こす。
アフラトキシン: ピーナッツや穀物に生えるカビが作り出す毒素。肝臓がんを引き起こす。 -
紫外線
DNAに紫外線が当たると隣り合うチミン塩基同士が結合してしまい、DNAが正常に複製されなくなってしまいます。
-
放射線
X線やγ線を浴びると、細胞内の水がイオン化し、水酸基ラジカルと呼ばれる分子ができます。この水酸基ラジカルがDNAを切断し、白血病などを引き起こします。
がんに特化した遺伝子検査キット
がんに特化した遺伝子検査キットも発売されており、フルセットの検査キットよりも割安なものが多いです。
※ 日本のDTC遺伝子検査では、医師法に抵触するおそれがあるため、遺伝性(家族性)がんの検査は行っていません。また、体細胞遺伝子検査(がん化している細胞の中から、がん細胞特有の遺伝子の異常などを検出する検査)ではないため、本ページで紹介しているがん関連遺伝子の検査は行っていません。
遺伝子、遺伝子検査についてもっと知りたい方へ
このページを作成するにあたり、参考にしている書籍等を紹介します。
- 学んでみると遺伝学はおもしろい(針原伸二(著) ベレ出版:2014年3月)
- そうなんだ! 遺伝子検査と病気の疑問(櫻井晃洋(著) ディカルトリビューン:2013年7月)
- あなたと私はどうして違う? 体質と遺伝子のサイエンス(中尾光善(著) 羊土社:2015年6月)
- 遺伝とゲノムどこまでわかるのか(ニュートン別冊 ニュートンプレス:2013年7月)
- 遺伝子医療革命(フランシス・S・コリンズ(著) NHK出版:2011年1月)
- 生命解読(中西真人(編さん) 日経サイエンス社:2015年10月)
- 遺伝子診断の未来と罠(増井徹(編集)ほか 日本評論社:2014年9月)
その他の遺伝子、遺伝子検査に関する参考資料はこちら。
参考資料一覧
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