乳癌(乳がん)の遺伝子検査を受ける前に知っておきたいこと
公開日:2016年09月28日
アメリカの女優、アンジェリーナ・ジョリーさんの両乳房切除の話題で有名になった、乳癌(乳がん)の遺伝子検査。乳癌は女性において、部位別で最もかかるリスクの高いがんであり、国立がん研究センターの2016年がん統計予測によりますと、1年間に新たに乳癌と診断される女性の数は9万人にものぼるそうです。
国立がん研究センターがん対策情報センター
2016年のがん統計予測
このページでは、そんな乳癌の遺伝子検査について、検査対象となるBRCA1、BRCA2遺伝子のこと、遺伝子検査の流れと費用、病院での検査とネットなどから申し込める検査との違いなどをまとめました。
遺伝性乳癌・卵巣癌症候群(HBOC)
がん抑制遺伝子、BRCA1、BRCA2遺伝子
遺伝性の乳癌は、その8割が「遺伝性乳癌卵巣がん症候群(Hereditary Breast and/or Ovarian Cancer Syndrome(HBOC))」と呼ばれるもので、このHBOCの原因となる遺伝子が、有名なBRCA1、BRCA2遺伝子です。
BRCA1、BRCA2遺伝子の染色体上のおおまかな位置
BRCA1遺伝子とBRCA2遺伝子は、もともとは細胞の癌化を抑制するがん抑制遺伝子で、正常な状態では、損傷したDNAを修復する役割を担っています。しかしBRCA1、BRCA2のどちらかに異常があると、一生のうちに乳癌に罹る確率が 41~90%(「NCCN Guidelines Version 2.2015 」より。日本人に特化したデータはなく、米国のデータ)になると言われています。
なお、乳癌は女性の癌というイメージがありますが、BRCA2に変異があると男性でも男性乳癌になるリスクが高まります。
遺伝性乳癌・卵巣癌症候群(HBOC)の特徴
遺伝性乳癌・卵巣癌症候群(HBOC)の特徴としては、以下のものがあげられます(NPO法人日本HBOCコンソーシアム より)。
- 若年で乳癌を発症する
- トリプルネガティブ(エストロゲン受容体、プロゲステロン受容体をもっていなくて、HER2 発現がないタイプ)というタイプの乳癌を発症する
- 両方の乳房にがんを発症する
- 片方の乳房に複数回乳癌を発症する
- 乳癌と卵巣癌(卵管癌、腹膜癌を含む)の両方を発症する
- 男性でも乳癌を発症する
- 家系内にすい臓癌や前立腺癌になった人がいる
- 家系内に乳癌や卵巣癌になった人がいる
遺伝性の乳癌は、全体の約10%
一般的にがんは遺伝するものというイメージが強いですが、実は遺伝性のがんは全体のごく一部です。乳癌の場合、遺伝性と思われる乳癌(家系に乳癌や卵巣癌を発症した人が複数いるケース)は全体の約10%、遺伝子検査で遺伝性乳癌・卵巣癌症候群(HBOC)であると特定されたものは、全体の約3~5%程度です。なお、HBOCの遺伝子検査は高額な検査なので、特に乳癌、卵巣癌の家族歴がない方であれば、検査を受ける必要性はあまりないと思います。
また、患者数は少ないですが、BRCA1、BRCA2以外にも遺伝性乳癌を引き起こす遺伝子は見つかっています。また、原因となる遺伝子が分かっていないケースも多くあります。
乳癌に対する遺伝的寄与
見つかっている乳癌関連遺伝子
- BRCA1遺伝子
- BRCA2遺伝子
- TP53遺伝子
- PTRN遺伝子
- STK1遺伝子
- CDH1遺伝子
- CHEK2遺伝子
- ATM遺伝子
- BR1P1遺伝子
- PALB2遺伝子
- CHEK2
- ATM
- BR1P1
- PALB2
発症の原因となる遺伝子の変異(遺伝子多型)が分かっているものは、乳癌発症全体の約35%で、残りの65%はまだ原因となる遺伝子が分かっていません。
(第14回京都乳癌コンセンサス会議「遺伝性乳癌と病理組織」 より
BRCA1、BRCA2の検査は病院でしか検査できない
HBOCのBRCA1、BRCA2の遺伝子検査は、血液採取で行われていますが、この検査を受けることができるのは、現在一部の医療機関でのみとなっています。
BRCA1、BRCA2の遺伝子検査を受けることができる医療機関
HBOCのBRCA1、BRCA2の遺伝子検査を受けることができる医療機関は、以下のサイトなどで調べることができます。
NPO法人日本HBOCコンソーシアム http://hboc.jp/facilities/
ファルコバイオシステムズ社 http://www.hboc.info/where/
BRCA1、BRCA2の検査費用は?
HBOCのBRCA1、BRCA2遺伝子検査は、遺伝子特許の問題もあり、非常に高額な検査になっています。また、日本では現在、HBOCに関する、遺伝カウンセリング、遺伝子検査、検診、予防について保険診療は認められていないため、それらにかかる費用は全額自己負担となっています。
費用は各医療施設によって異なりますが、おおむね以下のような金額です。
・遺伝カウンセリング … 30分につき5千円程度
・BRCA1/2遺伝子検査 … 数10万円程度
※ HBOCと診断を受けた方の血縁者が受ける場合 … 5万円程度
遺伝子特許の問題について、もっと詳しく知るには
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遺伝子特許をめぐる攻防
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一般的な検査の流れ
1、カウンセリング(検査前)
伝性乳癌・卵巣癌症候群(HBOC)の遺伝子検査は、病院に行ってすぐ受けるというものではなく、検査の前に遺伝カウンセリングを実施するのが一般的です。
遺伝カウンセリングは、遺伝性の病気などについて本人や家族が、専門のカウンセラーや専門医に相談できる仕組みで、遺伝に関する不安を、専門の遺伝カウンセラーに相談することができます。遺伝カウンセラーは、大学病院等のほか、一部のDTC遺伝子検査会社にも在籍していて、検査利用者からの相談に応じてくれます。
遺伝カウンセリングでは、
- がんの既往歴や家族歴の収集
- 患者の遺伝子が関わるがんリスクの評価
- HBOCに関する説明
- 検査の種類や費用の説明
- 検査の限界の説明
- 検査を受けるメリット、デメリットの説明
などが行われます。
また、カウンセリングは、患者本人だけでなく、家族も受診することが可能です。
遺伝カウンセリングについて、もっと詳しく知るには
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遺伝カウンセリング - 遺伝子検査で不安になったら?
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2、遺伝子検査
遺伝子検査は採血した血液を使って行います。
家系の中で初めて検査を受ける場合を「発端者」検査、すでに家系の中でBRCA1、BRCA2遺伝子の変異が見つかっていてそれがどの部位にあるかが分かっている場合を「血縁者」検査と言い、それぞれ次のような遺伝子検査を行います。
- スクリーニング検査
- 発端者が対象で、BRCA1、BRCA2遺伝子の全塩基配列を解析
- MLPA
- 発端者又は血縁者が対象で、スクリーニング検査では検出できないような遺伝子の大きな欠損や重複を検出
- 特定変異解析
- 血縁者が対象で、家系の中ですでに見つかっている遺伝子の変異が起こっている箇所を調べ、その変異を受け継いでいるかどうかを調べる
なお、発端者検査では結果が出るまでに3週間程度、血縁者検査では1週間程度の時間がかかります。
3、カウンセリング(検査後)
検査実施後のカウンセリングでは、以下のような事柄について話し合い、変異が見つかった時のフォローを十分に行います。
- 検査結果とその意義および影響
- 推奨される医学的管理の選択肢
- リスクのある近親者への情報提供および検査
- 疾患別の支援団体および調査研究などの利用可能な資源
病院での遺伝子検査とネット等から申し込める遺伝子検査の違い
インターネットから申し込むことができる遺伝子検査は、医療機関を介さない検査ということで、DTC(Direct to Consumer)遺伝子検査と呼ばれます。DTC遺伝子検査の中には、がんリスクの検査をうたうものもありますが、実はそれらの検査では、BRCA1、BRCA2遺伝子の変異は検査しません。
なぜでしょうか。それは、日本の法律では、医者でないと医業、医療行為を行ってはならないと定めれられていて、きわめて高い確率で将来病気が発症することが分かるような遺伝子を調べることは、医療行為の「診断」にあたるとされているからです(このことから病院での検査は、「遺伝子診断」と表現することもあります)。
そのため、例えば、DeNAライフサイエンス社のマイコードでは、乳癌リスクの検査を対象にしていますが、調べる遺伝子は、リスクレベルとしては低のFGFR2遺伝子などを調べるにとどまっています。
(参考)マイコードの検査SNP一覧
https://mycode.jp/plans/snplist-disease.html
病院で受ける遺伝子診断とDTC遺伝子検査の違いについて、もっと詳しく知るには
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病院で受ける遺伝子診断とDTC遺伝子検査の違い
病院で受ける遺伝子診断(遺伝学的検査)とDTC遺伝子検査との違いは、それが医療行為の「診断」にあたるかどうかです。単一の遺伝疾患や遺伝的要因によって発症する可能性が極めて高い疾患の調査は「診断」にあたるため、DTC遺伝子検査では実施していません。…
遺伝性乳癌・卵巣癌症候群(HBOC)と診断された方の検診・予防
HBOCの検診・予防
HBOCの遺伝子検査を受けても、いつ頃がんが発症するのか、ということは分かりません。また、BRCA1、BRCA2の変異が見つかったとしても、将来確実にがんになる、というわけではありません。
これらのことから、世界の主要ながんセンターの同盟団体である NCCN(National Comprehensive Cancer Network)は、HBOCと診断された後の検診・予防方法について、以下のことを推奨しています。
乳房の検診と予防(女性の場合)
- 18歳から、乳房の自己検診を行う
- 25歳から、医療機関で半年~1年に1回の頻度で視触診を受ける
- 25~29歳あるいは家族が乳癌を発症した最も早い年齢から、1年に1回の頻度でMRI検査(MRI検査ができなければマンモグラフィ検査)を行う
- 30歳~75歳では、1年に1回のMRI検査とマンモグラフィ検査を行う
- 75歳以上では、個別対応
- 乳癌治療後は、残っている乳房組織に対して1年に1回のマンモグラフィとMRI検査を継続する
- 「リスク低減手術」(乳癌のリスクを下げるために、がんを発症する前に乳房を切除する手術)について検討し、医療者と話し合う
卵巣の検診と予防(女性の場合)
- 出産を終えて35~40歳の間で、リスク低減手術(卵巣がんのリスクを下げるために、がんを発症する前に左右両方の卵巣および卵管を切除する手術)※の実施を推奨
- 手術を選択しない場合は、婦人科の医師に相談し、半年に1回の頻度で経腟超音波検査、腫瘍マーカー(血液検査)を考慮する(30~35歳から、または家族で最初に卵巣がんと診断された人の発症年齢の5~10歳早くから開始する)
※ リスク低減手術によってのみ、卵巣がんのリスクや卵巣がんによる死亡率を減らすことが報告されていて、経膣超音波検査や腫瘍マーカーの検査は、積極的に推奨されるほどの精度は示されていないそうです。
乳房と前立腺の検診(男性の場合)
- 35歳から、乳房の自己検診を行う
- 35歳から、医療機関で1年に1回の頻度で乳房の視触診を受ける
- BRCA2遺伝子に変異がある場合は、40歳から、前立腺がんの検診を受けることを推奨
- BRCA1遺伝子に変異がある場合は、40歳から、前立腺がんの検診を受けることについて、医師と相談する
リスク低減のための乳房切除術の有効性について
海外の研究では、BRCA1、BRCA2遺伝子に変異が見られる場合、乳癌発症前に乳房を全摘出する「リスク低減乳房切除術」には90%のリスク低減効果には、約90%のリスク低減効果があるとされています(日本人を対象にした研究ではないため、日本人への影響度合いは不明)。
Clin Oncol. 2004 Mar 15;22(6):1055-62.
Bilateral prophylactic mastectomy reduces breast cancer risk in BRCA1 and BRCA2 mutation carriers: the PROSE Study Group.
日本乳癌学会も乳癌診断ガイドラインにおいて、
乳癌未発症者における両側リスク低減乳房切除術(bilateral risk—reducing mastectomy;BRRM)、一側の乳癌発症者に対側の乳房切除する対側リスク低減乳房切除術(contralateral risk—reducing mastectomy;CRRM)いずれにおいても、乳癌発症リスクは確実に減少する。
日本乳癌学会「乳癌診断ガイドライン」
BRCA1あるいはBRCA2遺伝子変異をもつ女性にリスク低減乳房切除術は勧められるか (疫学.予防・癌遺伝子診断と予防・ID41450) より
としています。
ただし、2016年時点では、乳癌発症の予防を目的とする健康な乳房の切除は保険の適用外で、自費診療となっています。
遺伝子、遺伝子検査についてもっと知りたい方へ
このページを作成するにあたり、参考にしている書籍等を紹介します。
- そうなんだ! 遺伝子検査と病気の疑問(櫻井晃洋(著) ディカルトリビューン:2013年7月)
- 遺伝とゲノムどこまでわかるのか(ニュートン別冊 ニュートンプレス:2013年7月)
- 遺伝子医療革命(フランシス・S・コリンズ(著) NHK出版:2011年1月)
- 人体特許:狙われる遺伝子情報(五十嵐享平(著) PHP研究所:2013年12月)
- 遺伝子診断の未来と罠(増井徹(編集)ほか 日本評論社:2014年9月)
その他の遺伝子、遺伝子検査に関する参考資料はこちら。
参考資料一覧
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