着床前診断(PGD)とは
公開日:2016年12月27日
出着床前診断(PGD)とは、遺伝性の病気及び染色体異常に起因する流産を回避する目的で、体外で受精させた受精卵(胚)の一部を取り出し、遺伝子や染色体を解析、診断することです。このページでは、日本での着床前診断に関する状況と海外の状況を紹介します。
着床前診断(PGD)とは
着床前診断(Preimplantation genetic diagnosis:PGD)とは、遺伝性の病気及び染色体異常に起因する流産を回避する目的で、体外で受精させた受精卵(胚)の一部を取り出し、遺伝子や染色体を解析、診断することです。診断によって、異常を持つ可能性が低い胚を選ぶことができ、その選んだ胚を母親の子宮に戻して育てることができます。初めて着床前診断の実施が公表されたのは1990年のイギリスで、それ以降、今日までに多くの国々で実施されている技術です。
Nature 344, 768–770 (1990)
Pregnancies from biopsied human preimplantation embryos sexed by Y-specific DNA amplification.
出生前診断との違い
着床前診断が子宮に着床する前の受精卵(胚)の遺伝子、染色体を調べるのに対し、出生前診断は、母親のおなかの中である程度成長した胎児(10週目以降)の遺伝子、染色体を調べる検査です。着床前診断は妊娠が成立する前の検査なので、すでにおなかの中で成長している子を産むか産まないかの選択を迫られる出生前診断よりも、夫婦の精神的な負担が少ないと考えられています。
新型出生前診断(NIPT)の検査精度について、もっと詳しく知るには
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日本で行われる出生前診断の種類とメリット
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着床前診断の問題点、懸念点
着床前診断は、メリットばかりではなく、以下のような問題点、懸念点が議論されています。
- 多くの受精卵が必要であること
- 着床前診断では、とった卵子のうち、子宮に戻すことができる割合は、約20~30%といわれています。そのため、通常の生殖補助医療よりも多くの卵子が必要になり、身体的、経済的、精神的負担が増す可能性があります。
- 受精卵(胚)を破棄することの倫理的問題
- 子宮に戻さない受精卵(胚)は、いずれ破棄されます。一部の人たちは、命は受精の瞬間から始まると考えているので、破棄される胚と命の捉え方の間で倫理的な問題が発生します。
- 受精卵(胚)を選ぶことと優生学
- 受精卵(胚)を選ぶことが優生学的なものに当たるかどうか、という議論です。かつてのナチス・ドイツが行った国家的、強制的な人種政策などとは異なるものの、障害者は不幸であるという「内なる優生思想」の表れではないかという指摘があります。
日本での着床前診断
日本での状況
日本では、着床前診断は、まだ「臨床研究(人を対象として安全性、有効性を確かめる研究)」という位置づけです。そのため、実施に当たっては日本産婦人科学会へ倫理審査を申請し、許可を得ることになっています。この倫理審査には、半年から一年程度の時間がかかるそうです。
ただし、これはあくまで学会が決めたルールであり、法律ではないため、一部のクリニックでは学会の承認を得ずに着床前診断を行っています。
着床前診断を実施している病院
日本産産婦人科学会の承認を得て、着床前診断を実施している国内の病院をいくつか紹介します(2016年12月時点)。
- 慶應義塾大学病院(東京都新宿区)
- http://www.hosp.keio.ac.jp/
http://www.obgy.med.keio.ac.jp/pgd.html - 名古屋市立大学病院(愛知県名古屋市)
- http://w3hosp.med.nagoya-cu.ac.jp/
http://w3hosp.med.nagoya-cu.ac.jp/section/department/sanfujinka/index.html - IVF大阪クリニック(大阪府東大阪市)
- http://www.ivfosaka.com/
http://www.ivfosaka.com/shinryo/chakusyomae.html - セントマザー産婦人科医院(福岡県北九州市)
- https://www.stmother.com/
https://www.stmother.com/treatment/treatment13/
着床前診断(PGD)で調べること
日本においては、今のところ、学会のガイドライン上、重い遺伝性の病気と染色体異常に起因する反復・習慣流産だけを着床前診断の対象にしています。
「着床前診断」に関する見解(日本産婦人科学会)
http://www.jsog.or.jp/ethic/chakushouzen_20150620.html
日本産婦人科学会で承認されている着床前診断対象と遺伝子型の例
日本産婦人科学会 クリニカルカンファレンス4 不育症 1) 着床前診断 より
- X連鎖性劣性遺伝(伴性劣性遺伝)
- デュシェンヌ型筋ジストロフィー(欠失型・微小変異型)
- 副腎白質ジストロフィー(点変異型)
- X連鎖性不完全優性(伴性劣性不完全優性)
- オルニチントランスカルバミラーゼ欠損症(点変異型)
- 常染色体優性遺伝
- 筋強直性ジストロフィー(反復配列の異常伸長)
- ミトコンドリア病
- 筋リー脳症(ミトコンドリアDNAの点変異型)
- 均衡型転座保因者の習慣流産
着床前診断の方法
日本で実施される着床前診断は、以下の流れで実施されるそうです。
- 卵巣刺激と採卵:卵子を育てて、卵子を取り出す
- 体外受精(採卵当日):精子と卵子を体外で受精させる
- 胚生検(採卵後2~3日):胚の細胞を 1~2 個取り出す
- 遺伝学的検査(期間は検査による):染色体や遺伝子の検査を実施
※ 異常が見つかった胚は破棄される - 胚移植:遺伝学的検査で変化のみつからなかった胚を子宮に戻す
遺伝学的検査
検査では、遺伝子を調べる遺伝子検査と染色体を調べる染色体検査が行われます。
- 遺伝子検査
- 重い遺伝性の病気が子供に伝わる可能性のある受精卵を対象にした検査です。PCR法などで増やした遺伝子を調べ、検査の対象となる遺伝子に異常があるかないかを調べます。
- 染色体検査
- 染色体転座※を持った親の受精卵を対象にした検査です。染色体転座の部分をそれぞれ蛍光色素で目印をつけ、その目印を頼りに調べるFISH法と呼ばれる方法で調べます。
※ 染色体転座:染色体の一部が本来の場所とは違うところに移ったり、入れ替わったりしている、染色体の異常。
着床前スクリーニング(PGS)とは
着床前診断が、特定の遺伝子や染色体に限って異常があるかないかを調べるのに対して、着床前スクリーニング(PGS)では、全ての染色体を網羅的に調べる検査です。
年をとってから体外受精で妊娠した場合、流産の確率が高くなるのですが、その原因の多くが染色体数の異常だそうです。着床前スクリーニングは、全ての染色体を調べて正常な受精卵(胚)だけを子宮に戻すので、流産率を下げるのに有用だとされています。
これまで日本産科婦人科学会は着床前スクリーニングを認めていませんでしたが、2015年、臨床研究に向けた予備試験を、女性100人を対象にアレイCGH法※を使って2017年末まで実施することを決めました。
日着床前予備試験100人対象に実施 17年末まで(毎日新聞)
http://mainichi.jp/articles/20151213/k00/00m/040/063000c
着床前スクリーニングで妊娠率は上がる?(女性の為の健康生活ガイド『ジネコ』)
http://www.jineko.net/magazines/すべての広場/AIH/862
※
アレイCGH(Array Comparative genomic hybridization/ aCGH)法
正常なDNAと被験者のDNAを異なる蛍光色素で標識し、その蛍光を比較定量することで異常を検出する方法
(参考)アレイCGH解析の原理(NPO法人 染色体・遺伝コンシェルジュ)
海外での着床前診断
海外での着床前診断に関するルールは以下のようなものです。
国立国会図書館 ISSUE BRIEF NUMBER 779(2013.4.2.)
諸外国における出生前診断・着床前診断に対する法的規制について
イギリス
イギリスでは、ヒト受精・胚認可局(HFEA)という機関が着床前診断に関するルールを決めています。
HFEAは、2006年、重篤な単一遺伝子疾患、遺伝性の乳がん、卵巣がん、腸がんの診断に用いてもよいとしました。一方、一般的なぜんそくや湿疹などの軽度の病態や多因子遺伝性疾患は対象としていません。
フランス
フランスでは、着床前診断に対して法的規制が行われ、対象も重篤な遺伝性の病気に限られています。
ドイツ
以前は法律の解釈上、着床前診断は認められていませんでしたが、2011年に胚保護法が改正され、定められたルールのもと、今では重篤な遺伝性の病気に対して、診断を認めています。
イタリア
2004年に成立した生殖補助医療法によって、着床前診断は実質的に禁止されています。
アメリカ
アメリカでは着床前診断に対する規制が無く、遺伝性の病気以外にも利用されています。2011年の論文によれば、実施された着床前診断の約2割が、男女の産み分けを目的としたものだったそうです。
アメリカでの着床前診断、着床前スクリーニングの利用状況
Fertil Steril. 2011 Oct;96(4):865-8. より
Fertil Steril. 2011 Oct;96(4):865-8.
Use of preimplantation genetic diagnosis and preimplantation genetic screening in the United States: a Society for Assisted Reproductive Technology Writing Group paper
ガタカの世界が現実になる日が来るのか?
遺伝子検査関連で有名な映画「Gattaca(ガタカ)」では、着床前診断によって、両親が子供に望む条件がそろった受精卵(胚)を選ぶシーンがあります。
学業優秀、運動能力も高く、ルックスも申し分ない子供になる胚を選ぶ…。多くの人が着床前診断の未来として想像する世界だと思いますが、おそらく実現はしないでしょう。
勉強、運動、外見は、非常に多くの遺伝子の影響を受け、それらの遺伝子の組み合わせは膨大です。そのため、望む遺伝子の組み合わせを得るためには大量の胚を用意しなくてはなりません。しかし、それだけの数の胚を採取することは非常に困難でしょう。
また、人間の成長には環境も大きく影響しています。仮に完璧な遺伝子を持っていたとしても、それだけで完璧な人間になれるわけではないことは、理解しておいたほうがよいでしょう。
Gattaca(ガタカ)について、もっと詳しく知るには
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遺伝子、遺伝子検査についてもっと知りたい方へ
このページを作成するにあたり、参考にしている書籍等を紹介します。
- 遺伝子医療革命(フランシス・S・コリンズ(著) NHK出版:2011年1月)
- IQは金で買えるのか(行方史郎(著) 朝日新聞出版:2015年7月)
- 着床前診断のはなし(京都大学大学院医学研究科遺伝カウンセラーコース資料)
その他の遺伝子、遺伝子検査に関する参考資料はこちら。
参考資料一覧
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