日本で行われる出生前診断の種類とメリット
公開日:2016年02月02日
出生前診断では胎児の遺伝子から、ダウン症や先天性の疾患を調べます。このページでは、日本で行われている代表的な検査、超音波断層法(エコー)、母体血清マーカー検査、絨毛検査、羊水検査そして新型出生前診断(NIPT)について、説明します。
出生前診断とは
「出生前診断」とは、母親のおなかの中にいる胎児の健康状態を知るために行う検査で、狭義にはダウン症などの先天性疾患や奇形野有無の診断を指します。このページでは主に狭義の出生前診断について説明していきたいと思います。
出生前診断で分かること
出生前診断では胎児の遺伝子から、染色体異常によるダウン症や先天性の疾患を調べます。最近では母親の採血だけで調べることができる新型出生前診断(NIPT)も受診する事ができるようになりましたが、出生前診断は命の選別を行うかどうかという重い倫理的、社会的問題が含まれるため、誰でも安易に受けることは推奨されません。日本遺伝カウンセリング学会や日本産婦人科学会など、遺伝関連の国内10学会は、2003年に「遺伝学的検査に関するガイドライン 」を発表し、出生前診断について、主に医療従事者向けに以下のように記しています。
「遺伝学的検査に関するガイドライン」より抜粋
- 出生前検査及び診断として遺伝学的検査及び診断を行うにあたっては、倫理的および社会的門談を包含していることに留意なければならず、特に以下の点に注意して実施しなければならない。
- 胎児がかん罹患児である可能性(リスク)、検査法の診断限界、母体・胎児に対する危険性、副作用について検査前によく説明し、十分な遺伝カウンセリングを行うこと。
- 検査の実施は、十分な基礎的研修を行い、安全かつ確実な検査技術を習得した産婦人科医により、またはその指導のもとに行われること。
- 絨毛採取、羊水穿刺など、侵襲的な出生前検査・診断は下記のような場合の妊婦について、夫婦からの希望があり、検査の意義について十分な理解が得られた場合に行う。
- 夫婦のいずれかが、染色体異常の保因者である場合
- 染色体異常症に罹患した児を妊娠、分娩した既往を有する場合
- 高齢妊娠の場合
- 妊婦が新生児期もしくは小児期に発症する重篤なX連鎖遺伝病のヘテロ接合体の場合
- 夫婦のいずれもが、新生児期もしくは小児期に発症する重篤な常染色体劣性遺伝病のヘテロ接合体の場合
- 夫婦のいずれかが、新生児期もしくは小児期に発症する重篤な常染色体優性遺伝病のヘテロ接合体の場合
- その他、胎児が重篤な疾患に罹患する可能性のある場合
出生前診断を受けるメリット
出生前診断は誰でも安易に受けるものではありませんが、子供に特定の病気が発症する可能性が高い場合(両親が遺伝病の遺伝子を持っている場合など)には、検査を受けることが多いようです。出生前診断を受ける最大のメリットは、いち早く病気を発見することで、治療のための最善の手を尽くせることです。
例として、「21水酸化酵素欠乏症」という病気を紹介しましょう。
「21水酸化酵素欠乏症」の例
「21水酸化酵素欠乏症」は、6番染色体上にあるCYP21A2という遺伝子の異常が原因で、21ヒドロキシラーゼ(P450 c21)という酵素が欠損する劣性遺伝の病気です。21ヒドロキシラーゼの欠損は副腎アンドロゲン(男性ホルモン)の過剰分泌を引き起こし、出生時から女児において外陰部の男性化がおきてしまいます。なお報告によると、21水酸化酵素欠乏症は出生約18,000~19,000人に1人の割合で発見される病気だそうです。
一方、母親にデキサメタゾンという薬を投与すると、21水酸化酵素欠乏症の胎児の副腎アンドロゲンの産生が抑制されることが分かっています。この作用を利用して、出生前診断を行い早期から治療を行うことで、女児の外性器の男性化の軽減、外科的手術の必要性を回避することができます。
日本小児内分泌学会 マス・スクリーニング委員会 日本マス・スクリーニング学会(2014年)
21-水酸化酵素欠損症の診断・治療のガイドライン (2014 年改訂版)
日本で受けることができる出生前診断の種類
それぞれの特徴、精度、リスクについて
現在日本で行われている主な出生前診断には、超音波断層法(エコー)、母体血清マーカー検査、羊水検査、絨毛検査そして2013年4月から始まった、新型出生前診断(NIPT)があります。
超音波断層法(エコー)
超音波断層法(エコー)は、お腹の外から超音波を当て、反射して返ってきた超音波をもとにお腹の中の様子を可視化する方法です。1970年代に登場して以来、その技術はどんどん進歩していき、今では、性別をはじめ、お腹の中の様子を詳しく知ることができるようになりました。
非侵襲的な検査であるため母体にも胎児にも安全で、今日ではほぼすべての妊婦が胎児の発育状況を確認するために受診している検査です。しかし、非侵襲的であるがゆえに、他の出生前診断と比べると、精度の面では劣ります。例えば、ダウン症の場合、胎児初期のエコーにおいて、首のまわりにふくらみがみられることが知られていますが、この特徴からダウン症と診断できる精度は70%程度だと言われています。
項目 | 詳細 |
---|---|
特徴 | 安全、早期の受診が可能 |
方法 | 超音波を腹部に照射 |
対象の病気 | 13番トリソミー 18番トリソミー 21番トリソミー(ダウン症) などの様々な先天性疾患 |
非確定/確定 | 非確定的検査 |
精度(ダウン症の場合) | 75~80% |
安全性 | 危険がない |
検査可能な時期) | 11~13週 |
母体血清マーカー検査
母体血清マーカー検査は、胎児や胎盤などが生み出し、胎盤を通じて母親の血液中に入ってくる2~4種類のタンパク質やホルモンの濃度を調べます。その濃度から先天性疾患の可能性を評価しますが、こちらもエコー同様、精度はそれほど高くありません。費用は1万~3万円程度、自費診療で健康保険は適用されません。
項目 | 詳細 |
---|---|
特徴 | 簡単、安全 |
方法 | 採血 |
対象の病気 | 18番トリソミー 21番トリソミー(ダウン症) 神経管奇形 の3つのみ |
非確定/確定 | 非確定的検査 |
精度(ダウン症の場合) | 80~85% |
安全性 | 危険がない |
検査可能な時期) | 15~18週 |
絨毛検査
胎児はへその緒で胎盤につながっていますが、へその緒と胎盤がつながっている付近では、胎児の組織が細かく枝分かれしながらのびて絨毛となっています。絨毛検査では子宮頸部にカテーテルを挿入、もしくは母親のお腹に針をさして、絨毛を直接採取します。そのため検査の精度は高く、ダウン症を99.9%診断できる一方、約1%の流産のリスクがあるといわれています。費用は約10~15万円で、健康保険が適用されない自費診療です。
項目 | 詳細 |
---|---|
特徴 | 高精度、早期の受診が可能、対象疾患が多い |
方法 | 腹部に針を刺して細胞を採取 |
対象の病気 | 13番トリソミー 18番トリソミー 21番トリソミー(ダウン症) などの染色体異常がもたらす各種疾患及びDNAの塩基配列異常がもたらす各種疾患 |
非確定/確定 | 確定検査 |
精度(ダウン症の場合) | 99.9% |
安全性 | 流産率 約1% |
検査可能な時期) | 10~14週 |
羊水検査
羊水は子宮内を満たす液体で、主に胎児の尿に由来します。羊水の中には、胎児の体から脱落した胎児自身の細胞が含まれており、これを抽出して、胎児の染色体異常を調べます。
羊水を取り出すためには、母親の子宮の中まで針を刺して、直接採取します。絨毛検査同様、検査の精度は高く、99.9%の確率で診断できますが、針をさす穿刺の後、子宮収縮や感染が起こることによって、0.3%ほど流産のリスクがあるといわれています。そのため、まずは安全な母体血清マーカー検査や新型出生前診断(NIPT)で検査を行い、そこで陽性であった場合に羊水検査で確定検査を行う場合が多いようです。なお羊水検査の費用も健康保険が適用されない自費診療ですが、費用は6万~15万円程度と、医療機関によってばらつきがあります。
項目 | 詳細 |
---|---|
特徴 | 高精度、対象疾患が多い |
方法 | 腹部に針を刺して細胞を採取 |
対象の病気 | 13番トリソミー 18番トリソミー 21番トリソミー(ダウン症) などの染色体異常がもたらす各種疾患及びDNAの塩基配列異常がもたらす各種疾患 |
非確定/確定 | 確定検査 |
精度(ダウン症の場合) | 99.9% |
安全性 | 流産率 約0.3% |
検査可能な時期) | 15週以降 |
新型出生前診断(NIPT)
絨毛検査や羊水検査は検査精度が高い半面、流産のリスクがあることから、35歳以上の高齢出産や染色体異常の子の出産歴のある母親など、先天性疾患を持つ可能性が高い妊娠でのケースに限られてきました。ところが、2013年4月から、非侵襲でありながら比較的高精度で診断が可能な「新型出生前診断(NIPT)」が日本でも受けられるようになり、出生前診断を受ける妊婦の対象が広がるのではないかと注目を集めています。
NIPTでは、母体血清マーカー検査同様、母親から採血を行い検査します。母親の血液の中には、絨毛由来の胎児のDNA断片が混じっていて、これを調べることで、遺伝子の異常を見つけます。費用は自費診療で約20万円と高いですが、リスクが無く高精度で検査が可能ということで、国内の産婦人科病院に問い合わせが多いそうです。ただし、日本ではアメリカなどとは異なり、NIPTはあくまで臨床研究(症例を蓄積して、改善策を考えるための研究)として実施されていて、受診可能な医療機関の数もそれほど多くはありません。
NIPTコンソーシアム
NIPTを行っている医療機関
項目 | 詳細 |
---|---|
特徴 | 簡単、安全、高精度、早期の受診が可能 |
方法 | 採血 |
対象の病気 | 13番トリソミー 18番トリソミー 21番トリソミー(ダウン症) の3つのみ |
非確定/確定 | 非確定的検査 |
精度(ダウン症の場合) | 99.1% |
安全性 | 危険がない |
検査可能な時期) | 10週以降 |
新型出生前診断(NIPT)の検査精度について、もっと詳しく知るには
-
新型出生前診断(NIPT)の検査精度について
皆さんは、病気の検査を受けたとき、最初の検査では陽性だったのに、その後、精密検査を受けたら陰性だった、というような話をよく聞かないでしょうか。ここでは、新型出生前診断(NIPT)の検査精度について、少し説明をしたいと思います。…
もっとも重要な課題、カウンセリング
新型出生前診断(NIPT)の誕生で、今後出生前診断を希望する人が増えるのではないかと言われています。しかし、検査結果は命を扱う重いものであるため、安易な受診が妊婦の大きな心理的負担に繋がることが危惧されています。そのため、国内で検査を行うにあたっては、妊婦の精神面のケアを行うカウンセリングの徹底に重きをおいているそうです。
出生前診断における遺伝カウンセリングの例
- 診断前
- 本人の情報聴取
- カウンセリングの流れ、遺伝子検査などの説明
- 陽性であった場合の意思確認、ロールプレイング
- 診断後
- 検査結果の開示
- 妊娠を諦める場合の医療機関検討
- 妊娠を継続する場合のフォローアップ体制、出産体制の整備
ダウン症の子供と親の思い
最後に、ダウン症の子供とその親の思いについて、アメリカの Boston Children's Hospital が行った調査結果を紹介したいと思います(「遺伝子診断の未来と罠(日本評論社)」より)。
以下の結果を見ると、一般的なダウン症の子供を持つ家族に対するイメージと、実際の本人たちの思いとの間には、ギャップがあるのかもしれません。
ダウン症の子供本人の思い
幸福である | 99% |
家族を愛している | 99% |
自分の内面が好きである | 97% |
友達がすぐにできる | 86% |
人生に悲しみを感じる | 4% |
ダウン症の子供をもつ親の思い
子供を愛している | 99% |
子供を誇りに思う | 97% |
子供のために人生はより前向きになれる | 79% |
子供を恥ずかしいと思う | 5% |
子供を授かったことを後悔している | 4% |
遺伝子、遺伝子検査についてもっと知りたい方へ
このページを作成するにあたり、参考にしている書籍等を紹介します。
- 学んでみると遺伝学はおもしろい(針原伸二(著) ベレ出版:2014年3月)
- そうなんだ! 遺伝子検査と病気の疑問(櫻井晃洋(著) ディカルトリビューン:2013年7月)
- 遺伝とゲノムどこまでわかるのか(ニュートン別冊 ニュートンプレス:2013年7月)
- 遺伝子医療革命(フランシス・S・コリンズ(著) NHK出版:2011年1月)
- 遺伝子診断の未来と罠(増井徹(編集)ほか 日本評論社:2014年9月)
その他の遺伝子、遺伝子検査に関する参考資料はこちら。
参考資料一覧
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