遺伝子特許をめぐる攻防
公開日:2016年02月17日
人が生まれながらに持っている遺伝子の特許を取得すると聞いてもピンと来ないと思いますが、すでにヒト遺伝子の約3分の1が特許申請されており、この特許の是非について、20年以上にわたり攻防が繰り広げられています。
遺伝子の特許とは
一般的には、特許とは、優れた発明などに与えられる権利というイメージが強いと思います。そのため、遺伝子と特許と聞いてもピンと来ない人のほうが多いでしょう。しかしすでにヒト遺伝子の約3分の1が特許申請されています。この話を聞いて、私達が生まれながら持っている遺伝子が特許の対象になり、一部の企業が独占していることに不満や不安を覚える人も少なくないと思います。
一方、遺伝子の特許化に賛成する人たちは、『特許の「対象」は、「自然な状態」の遺伝子ではなく、組換えDNAベクター(組換えDNAを増幅・維持・導入させる核酸分子)に接合されたり、配列決定されたり分析されたりした「実験的成果」であり、化学物質が「物質の合成」に対して特許が認められるのと同じだ』と主張します。米国特許商標庁もその主張を認めました。
また、特許による権利の保証がバイオ関連企業の研究モチベーションになっていることも否定出来ません。遺伝子や難病治療の研究には膨大な時間とコストがかかるので、それに報いる特許の保護がなければ、民間企業では研究・開発が行われないでしょう。その結果、遺伝子研究及び難病の治療法開発が遅れるかもしれません。
特許をとるための審査基準
では、特許の審査基準はどういったものでしょうか。一般的には、以下の3要素が挙げられます。
- 産業上利用できる「発明」であるかどうか
- まずは、産業上の発達に寄与するものかどうかです。ただし、日本ではアメリカ等と違い、診断、治療、手術などの「医療行為」は特許の対象と認めていません。このことは今後TPP等の進展によって、大きな問題になる可能性があります。
- 新規性を有するかどうか
- すでに世間に知れ渡っている、用いられているものは、当然特許の対象になりません。
- 進歩性を有するかどうか
- 従来の技術より格段に高度なことが必要で、これまでの技術の単なる組み合わせや設計変更だけでは認められません。
また、遺伝子関連の研究はグローバルに進められていることから、日米欧の特許庁は1998年11月から1999年5月にかけてDNA断片の特許性について比較研究を行い、以下の点について確認しています。
DNA断片の特許性に関する三極特許庁比較研究について(特許庁)
- 機能や特定の断言された有用性の示唆のないDNA断片は、特許が受けられる発明でない。
- 例えば特別の病気の診断薬としての使用等、特別の有用性が開示されたDNA断片は、他に拒絶理由が存在しない限り特許可能な発明である。
- 慣用方法で得られ、機能が知られたタンパク質をコードするDNAと相同性が高いことに基づいて、ある構造遺伝子の一部であると推測されたDNA断片には、特許が付与されない。(EPO・JPO)上述のDNA断片は、断言された有用性に関する記載がない場合には、特許が付与されない。(USPTO)
- DNA断片が同じ起源に由来しているというのみでは、発明の単一性の要件を満たしていない。
ちなみに、特許はその国で制定された特許法等の法律に基づいて保護される権利であるため、属地主義、つまりその国のなかでしか認められません。日本でとった特許でも、アメリカで認められるためには、改めてアメリカの審査基準をクリアする申請を出さなくてはなりません。なお、日本の特許庁では、以下の資料のように遺伝子関連発明の審査基準や審査に関する事例集を公表しています。
(参考資料)特許庁
- バイオテクノロジーの特許について (2000年)
- 遺伝子関連発明の審査の運用に関する事例集 (2001年)
- 遺伝子配列コードを含む出願について (2002年)
- 遺伝子関連発明の審査基準 (2002年)
- ライフサイエンス分野の ライフサイエンス分野の審査基準について (2012年)
ヒトの遺伝子特許の歴史
初めてのヒト遺伝子特許
ヒトの遺伝子が初めて特許申請されたのは1991年、アメリカの国立衛生研究所(NIH)のクレイグ・ベンダー博士によるものでした。しかし、その申請されたDNA断片の機能はほとんど解明されていなかったため大きな批判を受け、結局申請を取り下げざるを得ませんでした。
しかし、その後もアメリカでは国家戦略の元、特許獲得競争はますます過熱し、ついに1998年10月、世界で初めて、人間の遺伝子特許が認められます。その特許は「EST※1特許」と呼ばれるもので、「キナーゼ※2」のDNAを構成する塩基配列の中から44個の断片(EST)の発見です。申請者はカリフォルニア州のベンチャー企業「インサイト・ファーマシューティカルズ社」でした。しかし今回も特許対象となった44個のESTについては、それぞれどのような機能を持っているのかはわからないままでした。
※1 EST:Expressed Sequence Tag の略。RNAの一部あたる短い配列で、転写産物の「目印」として使われる。
※2 キナーゼ:細胞の増殖や分裂、代謝などの指令に関わる酵素。
なぜ機能不明のまま特許が認められたのか?
ベンダー博士の特許は認められず、なぜインサイト社の特許が認められたのでしょうか。それは、ベンダー博士の申請が単なる「塩基配列」に過ぎなかったのに対し、インサイト社が申請したESTは、「キナーゼ」という重要な酵素との関連性が高く、キナーゼがかかわる病気の診断や薬の効果判定に有用であることをアピールしたからだと考えられています。
つまり、機能が明確でなくても有用性が認められれば、遺伝子、塩基配列の特許として認めようということなのです。
日米欧特許庁の専門家会合
アメリカでの「EST特許」認定を受けて、日本の特許庁は、米、欧の特許庁に呼びかけ、緊急の特許庁長官会合を開催します。そこで、前述のとおり、DNA断片の特許性について比較研究を行うことで合意、翌1999年に報告書が公開されることになったのです。
遺伝子特許をめぐる攻防
こうして特許として認められることになったヒトの遺伝子ですが、その後、バイオ企業とアカデミアとの間で、遺伝子特許を巡る攻防がいくつも繰り広げられることになります。
エイズ関連遺伝子「CCR5遺伝子」のケース
CCR5遺伝子とは
CCR5(ケモカイン受容体)遺伝子の変異は、エイズに耐性を持つ遺伝子です。この遺伝子を研究してエイズの治療薬を開発することができれば、巨万の富が得られるので、当然多くのバイオ関連企業がCCR5遺伝子の権利を独占するために、熾烈な特許獲得競争をしていました。
CCR5の特許を取得した企業
ヒューマン・ゲノム・サイエンシズ社(HGS社)
最初にCCR5遺伝子の塩基配列を明らかにして特許が認められたのは、2000年2月、アメリカのヒューマン・ゲノム・サイエンシズ社(HGS社)でした。しかし、特許は認められたものの、発明の名称は「ヒトGタンパク質ケモカイン受容体HDGNR10をコードするポリヌクレオチド」というもので、エイズとのかかわりは記されていません。HGS社は特許の申請時点では、この受容体がどのような働きをするのかを知らなかったのです。
しかし、この特許がまだ審査段階にあったとき、CCR5遺伝子の変異がエイズへの抵抗力を持つという発見をなされたということを聞くと、HGS社は特許取得後、同社はあらゆる応用分野に関するCCR5の使用権を有すると主張、治療薬やワクチンの開発を目指す複数の製薬会社に対して、ライセンスの販売を始めました。なお日本では、武田薬品工業がHGS社からライセンス許諾を受けて研究を行っていました。
アーロンダイアモンドエイズ研究所
HGS社の特許取得から3か月後の2000年5月、今度はニューヨークのアーロンダイアモンドエイズ研究所が「HIV受容体の変異体」という名称で、何らかの理由で変異を起こしたCCR5遺伝子及びその遺伝子の見つけ方について、特許を取得しました。
アーロンダイアモンドエイズ研究所がこのような発見をすることができたのは、HIVに何度さらされてもエイズに感染しない2人の男性の協力あってのものでした。そのうちの一人、画家であったスティーブ・クロンさんは、周りの多くの友人がエイズでなくなっていくなか、いずれ自分もエイズで死ぬのだろうと思っていました。しかし、なぜか自分だけがいつまでもエイズに感染しないことに疑問を持ち、自ら研究所に出向いて、研究のために自分の血液を提供しました。研究所はこの血液をもとに、CCR5遺伝子の変異の発見、特許の取得につなげるのですが、CCR5の変異遺伝子を持っていたクロンさんには特許取得の事実が伝えれることもなく、その後それによって得られた利益の一部がクロンさんに還元されることもありませんでした。
ユーロスクリーン社
CCR5遺伝子は、2002年、三度目の特許を受けることになります。取得したのはベルギーのユーロスクリーン社。しかも今度の特許は、CCR5の生成物や薬理学的な性質、変異型のCCR5遺伝子にまで及ぶ広範囲なものでした。
ユーロスクリーンは特許取得後、ファイザー社、ベーリンガーインゲルハイム社、アストラゼネガ社などの世界有数の医薬品メーカーに特許のライセンスを提供することで、多くの富を得ることになります。
CCR5特許を巡る争い
CCR5遺伝子の特許権侵害訴訟も起こりました。しかも舞台は日本。2006年8月、CCR5阻害剤を熊本大学と共同開発していた小野薬品は、ユーロスクリーン社から特許権侵害で訴えられ、約16億円もの損害賠償を要求されました(ユーロスクリーン社は、日本でもCCR5 遺伝子に関する特許を取得していました)。その訴訟内容は、小野薬品は、1999年12月ごろからCCR5の阻害剤候補を探していて、その研究を行う道具(リサーチツール)としてCCR5遺伝子を利用しており、それがユーロスクリーン社の特許を侵害している、というものでした。
最終的に、この裁判では小野薬品側が勝訴、ユーロスクリーン社の訴えは退けられることになったのですが、その理由は、ユーロスクリーン社が主張する特許権侵害のものの中には、ユーロスクリーン社が特許出願以前に発表されている文献があり、特許で発明したとする案件は、いずれも新規性もしくは進歩性を欠如し、特許無効裁判により無効にされるべきである、というものでした。その後、ユーロスクリーン社の特許は2008年に国内では無効となりました。
なお、この裁判では、新規性がないため特許として認められない、という結論でしたが、そもそもリサーチツールとしての使用において、特許権侵害の訴訟や高額なライセンス費用のリスクが生じていては、研究発展の妨げとなってしまいます。このことについて、国は2007年に「ライフサイエンス分野におけるリサーチツール特許の使用の円滑化に関する指針 」を発表し、その中で、
リサーチツール特許の権利者は、他者から研究段階において特許を使用するための許諾を求められた場合、事業戦略上の支障がある場合を除き、その求めに応じて非排他的なライセンスを供与するなど、円滑な使用に配慮するものとする。
という方針を定めました。
乳がんの遺伝子BRCA1、BRCA2のケース
乳がんの遺伝子として有名なBRCA1とBRCA2ですが、このどちらもアメリカのベンチャー企業「ミリアド・ジェネティクス社」が特許を持っています。BRCA1の特許を1997年と1998年に、BRCA2の特許を1998年にそれぞれ取得しました。その結果、ミリアド・ジェネティクス社がこれらの遺伝子検査を独占的に行うようになり、やがて他の研究機関が行うBRCA1、BRCA2の検査や研究に対して、特許を盾に次々に訴えることを始めたのです。
ミリアド社が特許を得るまで
BRCA1、BRCA2の特許攻防の話の前に、まずミリアド社がBRCA1、BRCA2の特許を得るまでの話をしたいと思います。
BRCA1がアメリカの科学雑誌「サイエンス」に登場したのは1994年10月。総勢45人の共著者のうち、ミリアド社の研究者は約半数の22人、そして論文の代表者はミリアド社の創立者、マーク・スコルニック博士でした。マーク・スコルニックはアメリカのユタ州に集積されていたモルモン教徒の膨大な家系記録と住民の長期間にわたるがん記録、そして巨大企業イーライ・リリー社の資金提供をもとに編成された研究チームを使ってBRCA1遺伝子の発見にこぎつけました。
一方、BRCA2と乳がんの関連性を発見したのは、ミリアド社ではありませんでした。発見したのは、イギリスのがん研究所(ICR)の研究グループで、1995年11月にイギリスの科学雑誌「ネイチャー」に発表しました。しかしミリアド社は共同研究者にも伏せられていたこの研究情報をキャッチ、ICRが論文を発表する前にBRCA2に関する特許を申請するという挙に及んだのです。
ミリアド社は自らが発見したBRCA1遺伝子と同様、BRCA2についても全権利を主張し、アメリカ国内の他の乳がんの検査研究機関に圧力をかけ始めます。
(参考)ゲノムは人類の共有財産
ジョン・サルストン(John Sulston)
2002年度ノーベル医学生理学賞受賞者、生物学研究者、サンガーセンター創設者、ケンブリッジ
こうしてBRCA1、BRCA2の遺伝子検査はミリアド社の許可がないと実施できなくなり、しかも市場に競争相手がいないため、検査費用はミリアド社が自由に設定、1件の検査に数10万円という費用がかかることになりました。
特許に対する異議申し立て
こうしたミリアド社の強硬な姿勢に、アカデミアから反発が生じました。特に反発が強かったヨーロッパでは、申請した特許がいったん成立するものの、すぐに多くの研究機関からの異議申し立てを受け、最終的には、特許の範囲が当初よりも限定されたうえで再成立、という経緯をたどるものがいくつも発生しました。
一方アメリカでは、2010年3月、これまで10年以上認められていたBRCA1、BRCA2遺伝子に関わるミリアド社の特許を、連邦地方裁判所が突然「無効」と判断しました。判決文では、
特許で保護し得る対象は自然の産物とは著しく異なっていなければならない。最高裁の判例では、根本的に新しい物質を創造するような変化がなければ、自然の産物は特許可能な対象とならないと確立している。 ……自然の産物の精製のみでは、特許権を付与するには不十分である。
とし、ミリアド社が主張する「遺伝子」と遺伝子を用いた「検査法」について、「遺伝子」は 自然状態にあるBRCA1、BRCA2遺伝子 と 単離されたBRCA1、BRCA2遺伝子 の間に機能上も構造上も差異はなく、また「検査法」についても分析方法に新規性が認められないとして、そのどちらの特許適格性を否定したのです。
このアメリカ連邦地方裁判所の判決は、大きな変化でした。これまでアメリカでは、単離された遺伝子は機能や用途が示されれば自然の産物ではなく、「発明」と捉え、有用性が認められれば、特許として認めてきたからです。これに対して、ミリアド社は当然控訴にでます。
2011年7月、この控訴に対する判決が、連邦巡回控訴裁判所(CAFC)から下ります。争われていたのは、「BRCA1、BRCA2遺伝子」、「BRCA1、BRCA2遺伝子を用いた診断法」、「がん治療物質の検出法」についてです。
まず、「BRCA1、BRCA2遺伝子」については、CAFCは、
BRCA1、BRCA2遺伝子は、人体の中では、膨大な塩基のDNAの中に存在している遺伝子に対して、特許で主張している遺伝子はわずか15塩基のものであり、単離されたDNAは人体に自然にあるDNAとは異なる化学的な形態で存在することは明白である
として、連邦地方裁判所の無効判決から一転、特許を認めました。一方、「BRCA1、BRCA2遺伝子を用いた診断法」については、引き続き無効、「がん治療物質の検出法」については、一概に否定できないため、特許として認める判決を下しました。
しかしこの判決も2012年3月に連邦最高裁判所によって差し戻されます。2012年8月にいったんはCAFCの判決を支持する再審理の結果が出されますが、2013年6月に最終的な判断が最高裁番所から下されます。
自然に存在するDNA断片は、自然の産物であり、ただ単離しただけでは、特許適格性はない。
この判決により、ミリアド社のBRCA1、BRCA2遺伝子の特許は無効となりました。
一方で、最高裁判所は次のようにも述べました。
しかしcDNAは自然に存在するものではないので、特許適格性を有する。
これは、ただ遺伝子を単離しただけでは特許を認めないが、cDNAのような形で少しでも人工的な操作が加われば、特許として認める可能性がある、ということです。遺伝子情報を利用した医薬品の開発の際には、cDNA※の形で特許を取るのが一般的であるため、この判決が直ちに遺伝子特許の全面廃止につながるということではなさそうです。
※ cDNA: mRNAなどを鋳型として逆転写酵素を用いて合成する1本鎖DNAで、mRNAと相補的な塩基配列をもつ。遺伝子のクローニングに広く利用されている。
その後のミリアド社
これで終息するかに見えたBRCA1、BRCA2の遺伝子特許を巡る抗争ですが、ミリアド社は、最高裁判所によって無効化されていない特許を侵害されたという理由で、新たに遺伝子検査を開始した企業を訴え始めました。しかし最終的には、ミリアド社はそれらの企業と和解、また、残りの特許で訴訟は起こさないことを2015年に発表し、ようやくこの抗争に終止符が打たれました。
日本では…
一方、日本ではどのような状況なのでしょうか。日本では、ミリアド社のBRCA1遺伝子、BRCA2遺伝子、BRCA1を用いた検出法の特許が現在も有効で、特許の範囲もヨーロッパなどと比べると非常に広範囲に及びます。なお、これらの遺伝子を使った乳がんの遺伝子検査は、京都のファルコバイオシステム社 が独占実施権契約を2013年6月に締結し、受託サービスを行っています。
ファルコバイオシステムズ
遺伝性乳がん・卵巣がん症候群(HBOC)の情報サイト
日本での遺伝子特許の状況
これまでアメリカを中心に遺伝子特許の状況を説明してきましたが、日本ではどうなのでしょうか。
特許庁の考え
日本の特許庁は、2000年に発表した「バイオテクノロジーの特許について 」の中で、
- 自然界に存在する生物から抽出・精製等により単離された化学物質は、機能(例:抗菌作用)が解明されれば特許の対象となる。さらに、病気の治療に用いるといった用途を開発すれば、治療薬等として特許している。
- 同様に、DNAについても、化学物質であることから、人為的手段により取り出して機能を解明することにより特許の対象になる。さらに、DNAを使用した診断薬等も特許の対象となる。
と、人為的に単離された遺伝子は特許の対象であることを明示しています。これは先に記した、1998〜1999年の日米欧特許庁の専門家会合を受けて、日本政府がその方針に従った知的財産戦略の推進を表した形ですが、2013年の米国連邦最高裁判所の
自然に存在するDNA断片は、自然の産物であり、ただ単離しただけでは、特許適格性はない。
という判決を受けて、今後どのように変更されるのか、注視していく必要があります。
日本で申請されている遺伝子特許の例
現在、日本ではどのような遺伝子が特許申請されているのでしょうか。ここではその一例を紹介します。
肥満のSNP
CDKAL1遺伝子、KLF9遺伝子の2つの遺伝子について、日本の理化学研究所など5団体がこれらの遺伝子を利用した肥満の検査方法について、特許を出願中です。
CDKAL1遺伝子は2型糖尿病の原因遺伝子、KLF9遺伝子は脂肪細胞の代謝に関わる遺伝子として以前から知られていましたが、東アジア人の肥満との関連性が最近明らかになりました。
独立行政法人 理化学研究所(2012年)
東アジア人集団の肥満の個人差を左右する遺伝子を同定
肥満に関する遺伝子研究の多くは欧米人を対象にしたものであるため、東アジア人を対象にした研究は貴重です。こうした遺伝子の特許を日本の公的な研究機関が抑えるということは、乳がん遺伝子のミリアド社のケースのような一部の営利目的企業や海外の研究機関による独占化を防ぐ目的があり、日本人や東アジア人特有の病気に関する研究発展のために重要です。
骨粗しょう症のSNP
全世界で2億人以上、日本だけでも1,000万人以上の患者がいると言われている骨粗しょう症に関するSNPについても、理化学研究所などのチームが特許申請を行っています。2011年、約7,000人の日本人のSNP、約27万個を調べ、FONG遺伝子という遺伝子のSNPが骨粗しょう症と強い相関があることを発見したのです。これにより、詳細な骨粗しょう症の病態の理解が進み、新たな骨粗しょう症治療薬の開発、骨粗しょう症のオーダーメイド医療に向けた研究の進展が期待されています。
独立行政法人 理化学研究所(2011年)
ゲノムワイド相関解析で、骨粗鬆症の新たなSNPを同定
遺伝子特許に関わる新たな問題
これまでは、営利目的の企業とアカデミアとの対立を中心に説明してきましたが、今後、グローバル経済の発展に伴い、以下のような問題が日本でも生じる可能性があります。
TPPとの関係について
ニュースでもよく耳にする環太平洋パートナーシップ協定(TPP)ですが、知的財産保護も交渉が難航した項目の1つでした。遺伝子特許も今後各国間の違いが新たな火種になるのではないかと懸念されています。
中国などの諸外国への遺伝子流出
現在国内でDTC遺伝子検査サービスを行っている企業の中には、遺伝子解析を国内で行わず、中国などの海外企業に委託している業者があり、結果として日本人の遺伝子情報が、中国などの諸外国に流出する形になっています。やがて日本人の遺伝子情報が海外の研究機関に蓄積され、それが特許という形で抑えられてしまっては、日本人特有の疾患が日本で研究できない、といったような事態になりかねません。
こういった点を懸念して、自民党の有志の議員が、2015年6月、菅官房長官へ、遺伝子情報の流出に対して早急の対応を求める提言書を提出しています。
自民党 木原誠二(2015)
DTC遺伝子検査の適正化とパーソナルゲノム医療の確立に向けて
遺伝子、遺伝子検査についてもっと知りたい方へ
このページを作成するにあたり、参考にしている書籍等を紹介します。
- 学んでみると遺伝学はおもしろい(針原伸二(著) ベレ出版:2014年3月)
- 遺伝とゲノムどこまでわかるのか(ニュートン別冊 ニュートンプレス:2013年7月)
- 日本人になった祖先たち(篠田謙一(著) NHKブックス:2007年2月)
その他の遺伝子、遺伝子検査に関する参考資料はこちら。
参考資料一覧
- 遺伝子検査とは?-種類や費用など- 公開日:2016年10月25日
- アイスランドとデコード社の遺伝子研究事情 公開日:2016年02月05日
- 遺伝カウンセリング-遺伝子検査で不安になったら?- 公開日:2015年10月23日
- 日本で行われる出征前診断の種類とメリット 公開日:2016年02月02日
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