DTC遺伝子検査の精度と信頼性・信憑性
更新日:2016年10月17日
DTC遺伝子検査を受けるにあたって、最も気になるのは、その精度と信頼性・信憑性です。この点について、2014年2月に発表された経済産業省の(遺伝子検査ビジネスに関する調査)報告書 では、以下の3つの課題について、論点整理を行っています。
- 検査の質をいかに担保するか(分析の質の担保)
- 科学的根拠をどう担保するか(科学的根拠)
- 情報提供をどう適切に行うか(情報提供の方法)
『(遺伝子検査ビジネスに関する調査)報告書』(2014年2月:経済産業省) 「議論すべき重要な課題」より
分析の質の担保について
現在DTC遺伝子検査の主流になっている解析手法、DNAマイクロアレイによるSNPの調査は、適切な検査手順に従えば、解析技術の精度そのものは極めて高いと考えられています。
しかし、その「適切な手順」をどう担保しているのかが、見えづらく、報告書内では、
- ISO15189(臨床検査室の品質と能力に関する要求事項)
- 米国臨床病理医協会の施設認定(CAP)
のようなグローバル水準の認証取得を目指すべき、という意見がありました。
ただし、これらの認証取得には、業者側の経済的な負担が多いこと(150万円から1,500万円程度)、医療機関ですら取得していないところが多いことなどから、ハードルがかなり高いようです。現時点では、ISO15189よりも運用が容易な、CPIGI(個人遺伝情報取扱協議会)が導入予定の認証制度を活用していくのが良いのではないかとされています。
一方、すでISO15189やCAPの認証を取得して事業を展開している会社は、分析の質を担保することに対する意識が高く、信頼性が高いと言えるでしょう。
【CAP認定を受けた分析機関で遺伝子解析を行っている会社の例】
など
科学的根拠について
米国疾病予防管理センター(CDC)は、遺伝子検査(遺伝学的検査)の質を評価する手法として、
- 分析的妥当性(Analytic validity) 分析方法が確立しており、精度管理が適切にできること
- 臨床的妥当性(Clinical validity) 検査結果の意味づけ、解釈が十分であること
- 臨床的有用性(Clinical utility) 検査結果を受けて適切な予防、治療方針をたてられるなどの臨床上のメリット
- 倫理的、法的、社会的な影響(Ethical, legal and social implications (ELSI) )
の4つを満たす「ACCEモデル」を提唱していますが、これら全てを満たす検査は、国内には殆ど無い、と報告されています。とくに、専門家から見て、「臨床的妥当性」、「臨床的有用性」については、十分な知見が蓄積する前に、DTC遺伝子検査のサービスとして提供されているものがあると指摘しています。
なお、この「臨床的妥当性」や「臨床的有用性」を示すための科学的根拠として用いる論文の選択にあたっては、2013年発表の「遺伝子検査ビジネス実施事業者の遵守事項」では、以下の点を検証すべき事項としてあげています。
- Medline(医学を中心とする生命科学の文献情報を収集したオンラインデータベース)に掲載されているpeer review journal(投稿原稿を編集者以外の同分野の専門家が査読する雑誌)に掲載されていること
- 日本人を対象集団とした関連解析又は連鎖解析 であること
- 同一研究について異なるグループから複数報告されていること
- 最初の論文が報告されていから一定の年月が経過していること
- 論文選択に当たって Medline の検索式を明記するなど客観性が示されていること
- 適切な統計学的手法が用いられていること
しかし、「ピア・レビュー(査読)ありの論文に掲載された」=「内容が正しい」ということではないことには注意が必要です。学術論文は、実験・解析結果の検証の場でもあります。発表された内容に対して、他の研究者が追試を行い、論拠を補強したり、反論を繰り返しながら、一定の定説が形成されていきます。
医療機関では、こうした過程を経てきた学説に基づいて遺伝子診断(遺伝学的検査)が行われますが、DTC遺伝子検査では、そこまでの検証を経ていない学説が、リスク判定の根拠とされることも多々あります。
なお、DTC遺伝子検査では、
- 根拠となる論文の情報(タイトル、掲載ジャーナル、Medline、PubMedへのリンクなど)
- 日本人を対象にした研究か、アジア人を対象にした研究か、欧米人を対象にした研究か
- 調査対象のサンプル規模(被験者の数)
- 他の研究機関でも同じ報告があり、研究結果の再現性があるか
を科学的根拠の信頼性として、サイト上や検査結果レポートに掲載している会社が多いです。ただし、その論文のどの箇所を根拠としているのかやその解釈の説明、その論文自体の評価について、記されているケースはあまりありません。また、遺伝子検査結果に基づいたダイエットサプリメントの販売など、2次的サービスの提供にあたっては、その科学的根拠自体がほとんど示されていない点についても、報告書で問題点として挙げられています。
一方で、私達がサービス事業者から提供される情報だけで、科学的根拠の妥当性を判断することは極めて難しいです。また、遺伝子分野の研究は日々進歩しており、昨日まで正しいと思われていたことが今日ひっくり返される、というようなこともあります。そのため、遺伝子検査会社を選ぶときには、『科学的根拠となる情報は今後も変化し続ける』ということを前提に、結果通知後も結果情報を定期的にアップデートしてくれる会社を選ぶのが良いでしょう。
【継続的に検査結果のアップデートを行ってくれる会社の例】
など
情報提供について
情報提供については、「(遺伝子検査ビジネスに関する調査)報告書」の中で、事業者側から消費者へ、検査の各段階において以下のような情報が提供されるべきで、そのための体制作りが必要、としています。
『(遺伝子検査ビジネスに関する調査)報告書』(2014年2月:経済産業省) 「消費者に提供すべき情報の概要」より
『(遺伝子検査ビジネスに関する調査)報告書』(2014年2月:経済産業省) 「情報提供に必要な体制の概要」より
しかし、具体的な情報の見せ方、伝え方は、各社ばらつきがあります。専門家は、科学的根拠の説明、二次的サービスの妥当性等について、消費者に誤解を与えるような論理的な飛躍が散見される、と報告書の中で指摘しています。
一方で、遺伝子そのものの難しさから消費者が遺伝子検査について十分に理解しているとは言いがたい状況を踏まえて、事業者は、遺伝子検査に係る事実及び商品の内容(科学的根拠の内容、消費者の不利益、検査の限界等)について、
- 出来る限り事前に消費者に分かりやすく丁寧に伝えること
- 消費者が理解できるか否かに関係なく、遺伝子検査の内容について検証可能とするために詳細な専門的・技術的内容を開示し、透明性を高めること
が必要である、とも記しています。
さらに、このような状況も踏まえて、「個人遺伝情報保護ガイドライン」(2004年12月:経済産業省)では、検査前後で利用者からの遺伝子に関する相談に対応できる遺伝カウンセリング体制の整備を事業者側に求めています。
遺伝子検査サービス事業認定制度「CPIGI認定」の運用開始
「CPIGI認定」は、経産省と連携してNPO法人個人遺伝情報取扱協議会(CPIGI)が定めた「個人遺伝情報を取扱う企業が遵守すべき自主基準 」を遵守しながら事業を行っているかを、第三者機関が公平・中立的な観点で審査した上で、CPIGIが認定する制度です。
2016年5月31日に第1回のCPIGI認定が発表 され、DeNAライフサイエンス社やジェネシスヘルスケア社などの9社10サービスが認定を受けました。
リスクが1.5倍とは、どういう意味か
次に、遺伝子検査の結果レポートに記載されている「病気の発症リスクが1.5倍」といよう言葉の意味について説明します。
これは、「あなた個人が1.5倍その病気にかかりやすい」、というようにとらえがちですが、そうではありません。回りくどい言い方になってしまいますが、「あなたと同じ遺伝子型を持つ人たちの疾患リスク分布が、そうでない人たちの疾患リスク分布と比べて、リスクの平均値が1.5倍」という意味です。分かりにくいので、絵で表してみましょう。
あくまで検査した遺伝子の範囲で、グループ間の平均値を比べたものです。実際は、そのほかの遺伝子や生活環境の影響など、多くの要因によって病気は発症するのですが、今の遺伝子検査の技術では、あなた個人の発症リスクまでは判定できません。
また、肺がんなどでは、タバコを吸う人はタバコを吸わない人に対して、発生リスクが3~5倍になると言われていますが、DTC遺伝子検査でのリスク判定は、高いとされるものでも、1.5倍程度のものが多いです。1.5倍と聞くととても大きな差のように思われますが、日常生活の中にあるリスクと比べると、少し微妙な気もします。
会社によって異なる検査結果
「遺伝子検査を複数の会社で受けたら、結果がそれぞれ違っていた」という記事をよく見かけます。これは、リスク推定に使用されるSNPや論文およびリスク計算アルゴリズムが、各社によって異なるからです。
一般的な病気には、多数の遺伝子が複雑に影響していて、そのメカニズムの全てが明らかになっているわけではありません。同じ塩基配列をもとにリスク計算を行っていたとしても、根拠にする情報が各社違っていれば、仮に各社のリスク計算がきちんと科学的なものであったとしても、結果は異なります。
一般的な病気には、複数の遺伝子が複雑に影響していて、そのメカニズムの全てが明らかになっているわけではありません。
また、検査会社によって調べる遺伝子のSNP、根拠とする論文、リスク推定アルゴリズムが異なります。
そのため、同じ病気であっても、検査会社によって異なるリスク推定がなされる場合があります。
ただこれは、現時点では仕方のないことかもしれません。いずれ業界でリスク推定の標準化がなされていくことを期待したいです。また、その観点からも遺伝子検査は、検査結果通知後も検査結果を最新の情報に更新し続けてくれる会社を選ぶのがよいでしょう。
【継続的に検査結果のアップデートを行ってくれる会社の例】
など
検査を受ける意味・必要性はあるのか
では、DTC遺伝子検査を受ける意味、必要性はあるのでしょうか。結論から言うと、「ある」といえます。それは、発症リスクのある遺伝子多型を告知されることで、疾患の発症リスクを下げるための生活習慣改善の強い動機づけになり、さらには医療介護費の削減につながる可能性があるからです。
(「多因子疾患の遺伝子多型告知による生活習慣改善動機づけの成果」 遺伝子医学MOOK28号4-2 P207-214(2015年) より)
その点から言えば、DTC遺伝子検査を受けるのであれば、遺伝子検査結果と生活習慣改善のポイントを分かりやすく解説してあったり、アフターフォローがしっかりしている会社の遺伝子検査を受けるのがよいでしょう。
【生活改善アドバイスやアフターフォローがある会社の例】
DeNAライフサイエンス、サインポスト など
遺伝子、遺伝子検査についてもっと知りたい方へ
このページを作成するにあたり、参考にしている書籍等を紹介します。
- 遺伝子診断の未来と罠(増井徹(編集)ほか 日本評論社:2014年9月)
- 「Medical Technology」臨時増刊号40巻13号(医歯薬出版:2012年12月)
- ますます臨床利用が進む遺伝子検査(野村文夫(編集) メディカルドゥ:2015年4月)
- 月刊 薬事 2012年 05月号(じほう:2012年5月)
その他の遺伝子、遺伝子検査に関する参考資料はこちら。
参考資料一覧
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