アメリカ、中国など海外の遺伝子検査
更新日:2016年04月05日
欧米ではDTC遺伝子検査の質的な保証や提供体制について、規制や法律の整備、公的な機関による継続的な監督、専門家を中心とした第三者検証機関の設立などの取り組みが進められています。一方、遺伝子検査ビジネスが始まったばかりの日本は欧米に後れをとっていて、各公的機関からガイドライン等が出されているものの、現状は事業者側の自主的な取り組み次第になっております。
アメリカの場合
遺伝子検査ビジネスの現状
アメリカでの遺伝子検査ビジネスは、2000年代にスタートしました。2010年時点では、約30社400サービスありましたが、今では、淘汰されて、数社が生き残っているのみだそうです。その中で、独り勝ちの様相を見せているのが、Googleが出資し、わずか99ドルで遺伝子検査サービスを行っている23andMe社です。ちなみに、23andMeは、自社に検査施設は持っていません。連邦政府の臨床検査室改善法(CLIA)の認定を受けた外部企業に委託しています。
しかし、2013年11月、23andMe社は、アメリカ食品医薬品局(FDA:Food and Drug Administration)から、アメリカ国内で”医療関連製品”を販売するために必要な許可、承認を得ていないとして、製品販売の停止を命じられました。「検査は医療行為であり、それに齟齬があると被験者に対して重大な損害を与えうる」というのがFDAの見解です。
これを受け、23andMe社は、健康関連の情報提供を停止しましたが、祖先調査と医学的解釈を行わない生の遺伝子配列データの提供は続けました。その後、FDAは、2015年2月、ブルーム症候群の遺伝子検査キットに限り、23andMe社に販売を認めましたが、そのほかの検査については、まだ認めていません。
一方、アメリカ国立衛生研究所(NIH)は、2014年7月に、23andMeに対して約140万ドルの研究助成をすることを明らかにしました。一見、検査を禁止したFDAの対応と相反するように見えますが、これは消費者直販型のDTC遺伝子検査が、公正な評価のもとで科学的検証に基づく発展が期待されているともとれます。また、FDAもただ検査を禁止するだけではなく、23andMeあるいはGoogleとの間で、今後の遺伝子検査に関するルールについて、何らかの協議を行っているのではないかといわれています。
FDAから検査キットの販売停止を命じられた23andMe社 https://www.23andme.com/ より
学会のスタンス
遺伝子検査分野を専門とする医師の中核団体「米国臨床遺伝学会」は、遺伝子検査は医療機関を通じてのみ実施すべきで、直接消費者に提供するDTC遺伝子検査は全面的に禁止するべきと宣言しています。一方、遺伝学者の中核団体「米国人類遺伝学会」は、検査の限界を消費者に適切に伝えることができるのであれば、DTC遺伝子検査を支持するというスタンスだそうです。
ひろがる着床前診断を利用した男女の産み分け
着床前診断は、受精卵の遺伝子を調べることで重い遺伝性疾患を回避する目的で開発されました。日本産婦人科学会は、重い遺伝性疾患などに限り、1件1件審査したうえで実施しています。一方アメリカでは、この着床前診断を男女の産み分けに利用するケースが多く、着床前診断の16.7%が男女の産み分けのために、着床前診断が実施されているそうです。
Feritility and Sterility (October 2011Volume 96, Issue 4, Pages 865–868)
Use of preimplantation genetic diagnosis and preimplantation genetic screening in the United States: a Society for Assisted Reproductive Technology Writing Group paper
ヨーロッパの場合の場合
ヨーロッパでは欧州委員会や欧州評議会を中心に遺伝子検査に関する提言やガイドラインが整備されています。
イギリスでは、2014年、10万人のゲノム解析を行うプロジェクトがスタートしました。また、ドイツやエストニアでも、遺伝子と環境がどう作用し合うかについての研究プロジェクトが始まっています。ただし、医療機関を介さないDTC遺伝子検査は、フランスやドイツなどでは事実上禁止されているそうです。
また、北大西洋の小さな島国、アイスランドは、遺伝子研究に非常に有利な条件がそろっていたため、現在では、世界有数の遺伝子研究先進国になっています。
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アイスランドとデコード社の遺伝子研究事情
「アイスランド」という国に対して、皆さんはどんなイメージをお持ちでしょうか。オーロラ、温泉、氷河、ビョーク、シガーロス、ムーム…。しかし、実は、アイスランドは世界有数の遺伝子研究先進国でもあります。…
中国の場合
中国では国への申請が必要
中国では遺伝医療分野は「ヒト遺伝子試験管理部」によって規制されており、特定の遺伝的要素を持つ家系や地域はヒト遺伝資源とみなされ、それらの利用には国家への申請が必要となっています。また、ヒト遺伝資源に関する技術や情報は国家技術秘密に指定されています。しかし、欧米のような分析の質を担保するための対応は取られていないようです※。
なお、中国国内での遺伝子検査ビジネスは規制により、事実上ストップしているようですが、産官学の連携は強く進められていて、2005年から「中国人口健康遺伝学的検査科学社会プロジェクト」が開始されています※。
また、遺伝子検査サービスおよび関連商品の売上が100億元を超える健康産業に発展させて雇用機会を増やし、同時に「中国人遺伝子・環境データベース」を作ろうというプロジェクトも整備されています※。
※ いずれも「東アジアにおける遺伝学的検査の質保証に関する取組み」(NPO法人個人遺伝情報取扱協議会) より
日本からの解析委託を受注している企業も
日本国内でも子どもの才能を調べることをうたった遺伝子検査キットが多数販売されていますが、実はその多くが中国の「上海バイオチップコーポレーション」という会社に遺伝子解析を委託しています。この会社は、2001年8月に中国政府からの助成金と民間企業10社の株主として誕生、現在は政府関連機関が9割の株式を保有している、中国最大規模のバイオテクノロジー企業です。
日本人のDNAが大量に諸外国に流出している状態は、遺伝子特許や安全保障上のリスクが考えられ、自民党の有志の議員が、2015年6月、菅官房長官へ、遺伝子情報の流出に対して早急の対応を求める提言書を提出しています。
自民党 木原誠二(2015)
DTC遺伝子検査の適正化とパーソナルゲノム医療の確立に向けて
「天才赤ちゃんづくり」プロジェクト
「中国が天才赤ちゃんづくりをたくらんでいる」という見出しのニュースが、2013年春、「VICE」という国際情報誌のサイトに掲載されました。中国の遺伝子解析会社BGIが、世界中の2,000人の「天才」のDNAを集めて、人間の知能をつかさどる遺伝子を探すプロジェクトを進めているという内容の記事です。なお、BGI幹部は「天才赤ちゃんづくり」という報道の仕方を批判し、あくまで純粋な研究目的のプロジェクトであることを強調しているそうです。
ちなみに、BGI社は、1999年9月に北京で設立、2007年に民営化された世界最大級の遺伝子解析会社で、米国病理学会(CAP)の認定 を受けた実験室を有しています。また、最新の解析装置を多数そろえ、欧米の科学誌に多くの論文を発表しています。
dot. 朝日新聞出版
IQは金で買えるのか?中国の「天才赤ちゃんづくり」プロジェクト
ただし、遺伝学者の多くがこのプロジェクトの成功を疑問視していて、2013年5月のNatureのニュース欄では、
「サンプル数が少なすぎて何かを発見できるとは思えない」
「DNAのサンプルから知能を予測しようとすることは夢物語に過ぎない」
などといった意見が紹介されているそうです。
http://www.genomics.cn/ より
遺伝子、遺伝子検査についてもっと知りたい方へ
このページを作成するにあたり、参考にしている書籍等を紹介します。
- 遺伝子医療革命(フランシス・S・コリンズ(著) NHK出版:2011年1月)
- IQは金で買えるのか(行方史郎(著) 日朝日新聞出版:2015年7月)
- 遺伝子診断の未来と罠(増井徹(編集)ほか 日本評論社:2014年9月)
その他の遺伝子、遺伝子検査に関する参考資料はこちら。
参考資料一覧
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